パリ管/佐渡/ベレゾフスキー(p):サル・プレイエルへのリベンジ2013/06/05 23:59


2013.06.05 Salle Pleyel (Paris)
Yutaka Sado / Orchestre de Paris
Boris Berezovsky (piano-2)
Chœur de l'Orchestre de Paris (choir-4,5,7,8,9,11,12)
1. Ibert: Divertissement
2. Rachmaninov: Rhapsody on a Theme of Paganini, Op. 43
3. Verdi: Luisa Miller, ouverture
4. Verdi: I Lombardi alla Prima Crociata, "Gerusalem !"
5. Verdi: I Lombardi alla Prima Crociata, "O Signore, dal tetto natio"
6. Verdi: Macbeth, Prélude
7. Verdi: Macbeth, "Patria oppressa"
8. Verdi: Ernani, "Esultiamo"
9. Verdi: Il Trovatore, "Le fosche notturne spoglie"
10. Verdi: Nabucco, Ouverture
11. Verdi: Nabucco, "Gli arredi festivi"
12. Verdi: Nabucco, "Va, pensiero, sull'ali dorate"

このホールは10数年前、改装の前に一度来たきりです。その時はその日の昼間にスリ被害にあったばかりで、せっかくのドホナーニ/パリ管だったのに、正直演奏会を無心で聴ける状況ではありませんでした。それ以来、パリ管はブダペストで再び聴いているものの、このサル・プレイエルは厄払いと露払いのためにも絶対に再訪しなければならない、と長年思い続けていましたが、やっと機会が巡ってきました。

私の記憶も相当おぼろげで怪しいのですが、クロークの辺りは昔と変わってなさそうです。ホールに入ると、舞台が打ちっぱなしの壁でやけに殺風景。むき出しの照明が天井から直接ぶら下がっており、ホールというよりはスタジオ。コンサートホールの品格がなくなっていたのでがっかりしました。私の記憶では昔はバービカンのように木目調の壁だったと思うんですが。また、座席のピッチが狭いのは相変わらず。


1曲目のイベールは室内オケのための洒落た曲で、家にあった佐渡/ラムルー管のイベール管弦楽曲集CDにも入ってましたが、パリ管に取っては新レパートリーだそう。パリ管は技巧で鳴らすオケではないと思いますが、トップ奏者だけの合奏はさすがに惚れ惚れするくらい上手かったです。皆涼しい笑みをうかべながらリラックスして演奏している中、佐渡氏一人だけ汗飛び散らかしての大熱演。前にパリ管で聴いたときは、長いフランス生活でずいぶんと垢抜けた演奏をするようになったものだ、と感心したのですが、ベルリンに拠点を移して、またかつての「汗臭さ」が戻ってきたような気もします。

続くラフマニノフ。ベレゾフスキーは2005年にブダペストで聴いて以来。その時は全く興味のないショパンのコンチェルトだったのでほとんど印象は憶えておらず。8年のうちにお腹がでっぷり出てずいぶん恰幅よくなった気がします。今日の演目は元々はラロのピアノ協奏曲という珍しい選曲だったのですが、直前になってソリストの意向により変更になりました。超メジャー曲だし、もちろんオハコなんでしょう、ベレゾフスキーは余裕の弾きっぷり。この人は機械のように正確無比なピアノが売りですが、見かけに合わずアタックの柔らかいソフトタッチで、力任せに叩き込むキャラクターではありません。ちょっと即物的なラフマニノフかなと思いつつ聴いていたら、アダージョではやっと佐渡節全開で、コブシのきいた浪花節をたっぷりと聴かせてもらいました。

メインは生誕200年のヴェルディを記念し、代表的オペラから合唱曲を抜き出し並べたもの。今一つ、何故に佐渡?という疑問は結局理由がわからず。パリ管ではそういう「便利屋」系ポジションになっているのではないかと。ここでもオケのアンサンブルはきっちりと整っていて、その器用さが新鮮な驚きだったりするのですが、曲も後半になり熱気を帯びてくるに従い縦の線が甘くなっていくのが微笑ましいです。合唱は美しく、オケも上手い上質のナブッコ。これはそんじょそこらのオペラ座(特にロイヤルオペラ)では味わえません。最後の「金色の翼に乗って」は一番の有名曲ですが、しみじみ終わるのでコンサートのラストには合わないなあと思っていたら、やはりアンコールがあり、トランペットも登場しての「アイーダ」の凱旋の場面。佐渡裕はオペラをもっとやればよいのになと思いました。


奏者の写真がないので、おまけで新凱旋門を。でかかった。

ロイヤルオペラ/ディドナート/フローレス/バルチェローナ:ロッシーニ「湖上の美人」2013/06/07 23:59

2013.06.07 Royal Opera House (London)
Michele Mariotti / Orchestra of the Royal Opera House
John Fulljames (director)
Joyce DiDonato (Elena), Juan Diego Flórez (Uberto/King of Scotland)
Daniela Barcellona (Malcom), Michael Spyres (Rodrigo)
Simon Orfila (Douglas), Justina Gringyte (Albina)
Robin Leggate (Serano), Pablo Bemsch (Bertram)
Christopher Lackner (a bard)
Royal Opera Chorus
1. Rossini: La donna del lago

ロッシーニはブダペストのころに「理髪師」と「チェネレントラ」を1度ずつ見ただけで全く守備範囲外だし、この「湖上の美人」も名前すら知りませんでした。フローレスとディドナートじゃなければパスしていたことでしょう。

フローレスは、3年前の「連隊の娘」を一般発売で買おうとしてあえなく撃沈し、それ以降まだ聴けてませんでした。やっぱりROHはフレンズに入らなきゃチケット取れないのか、と思い立つきっかけにはなりましたが。実物のフローレスは、DVDで見た通りの甘いマスクに、甘ったるくない軽妙なクリアボイスが心地良い、まさにスーパーテナーでした。序盤でちょっと声が裏返りそうになったり、調子はベストじゃなかったかも。一方のディドナートはCD・DVDでもまだ聴いたことがなかったのですが、太くて野卑な声はたいへん個性的。評判のコロラトゥーラの技巧は、確かに速弾きギタリストと違って生身の肉体だけを駆使してあのトリルを声でやるのは凄いものの、私には文字通り「技巧」だと認識するのみで、音楽的な凄みを感じなかったのもまた事実。自分がロッシーニを好んで聴かなかった理由が今わかった気がします。

ベストとは言えないものの期待を裏切らない歌唱を聴かせてくれた主役二人の、さらに上を行っていたのがダニエラ・バルチェローナ。長身でがっしり体型は、メゾソプラノながらもまさに男の中の男、兵士の中の兵士。さらにこの人の歌が群を抜いて完璧で、今日一番の拍手喝采を浴びておりました。ロドリーゴ役のマイケル・スパイレスは、この中では割りを食ったのか、もうひとつ冴えない印象。フローレスと同じ旋律を追いかけて歌うという酷な場面がありまして、やっぱり並べて聴いては差が歴然なのが気の毒でした。バルチェローナよりも背が低くてデブに見えたのもマイナス。

この「湖上の美人」は、緊迫したり悲しかったりする場面でも徹底して能天気でヌルい音楽が続くという、ある意味開き直った楽観主義が貫く曲でしたが、演出は凄惨さを前面に打ち出したもので、スコットランド人反乱軍をことさら野蛮人に描いたのが、何とも意味不明なカリカチュア。図書館だか博物館の中で、ショーケースに入った標本が突如として動きだし、おそらく学者さんたちの空想中の物語を展開して行きますが、最後はまたショーケースに戻るという入れ子の構造で、これは自分の思想じゃなくて登場人物の空想の話なんですよ、という逃げの言い訳を演出家が用意しているだけのような。また、全体的に突っ立って歌うばかりで動きが少ないのは、歌が難しいからかもしれませんが、初めて見る私にはちょっと退屈な演出でした。


男より凛々しいバルチェローナ。後ろはスパイレス。


フローレス。


ディドナート。


敵役だった後ろの二人が、何だかとっても仲良さそうなのです…。

LSO/ティルソン・トーマス/ヨーヨー・マ(vc):コープランドとタコとブリテンと2013/06/09 23:59


2013.06.09 Barbican Hall (London)
Michael Tilson Thomas / London Symphony Orchestra
Yo-Yo Ma (cello-2)
1. Copland: Orchestra Variations
2. Shostakovich: Cello Concerto No. 1
3. Copland: Short Symphony (Symphony No. 2)
4. Britten: The Young Person's Guide to the Orchestra

ヨーヨー・マがLSOに登場するのは多分久しぶりだと思います。日本でも人気者のヨーヨー・マですから、今日はやたらと日本人の姿が目につきました(もちろん中国人も)。そこかしこで「3つとも行かれますの?」という会話を耳にしたので、ティルソン・トーマス(MTT)が指揮するこの3公演、日本人的には3つで特別なワンセットだったみたいです。私的には、LSOのシーズン終盤の一コマに過ぎないんですが…。しかしこのミニシリーズ、MTTですからもちろんテーマはあり、今回はコープランド・ショスタコーヴィチ・ブリテンという、同世代の人々ながらも一見よくわからん食い合わせ。プログラムを読むと、この3人はLSOと所縁が深く、MTTとも面識がある、というパーソナルな理由が全てみたいです。

まずはコープランド。「ロデオ」を昔演奏したことがありますが、それ以外は「アパラチアの春」と「エル・サロン・メヒコ」といった定番しか知らなくて、日本やイギリスでは演奏会のプログラムに乗ることも少なく、正直、未知の作曲家です。最初の「変奏曲」は怪獣映画のバックミュージックのように、重くて派手な曲。もう一つの「ショート・シンフォニー」は、グッとフォーマルな雰囲気の硬派な純粋音楽。どちらももちろん初めて聴く曲で、普段イメージする「アメリカ民謡を多用する国民的作曲家」とは一線を画した、お固いシンフォニストとしての側面を見ました。

ショスタコのチェロコン第2番は何度か聴いていますが、第1番は初めてでした。弦楽、木管、ホルン1本、ティンパニ、チェレスタという変な編成で、ホルンは準ソリストのような重要な役割です。どう聴いてもショスタコなマンネリズムに溢れた行進曲風の第1楽章から、ヨーヨー・マは、よくぞこの曲で、と思うほどしっかり没入型のよく歌う系チェロ。第2楽章まではその調子で、ホルンの素晴らしいソロと相まって良い感じだったのですが、後半はまず曲が尻すぼみで退屈したのと、チェロも集中力が切れてどうにも音が定まらないように見えました。ヨーヨー・マというビッグネームでなければ、あまり上手くないチェリストやなあ、と思ってしまったかも。これは後の演奏会でリベンジに期待です。


指揮者そっちのけで楽団員を讃えるヨーヨー・マ。

最後のブリテン「青少年のための管弦楽入門」は、演奏会のプログラムにこの曲を見つければ即チケットを買ってるくらい大好きな曲なのですが、実演で聴ける機会は実際にはそう多くありません(一昨年のBBCプロムス・ラストナイトで演奏され、大いに盛り上がっていたようですが、残念ながらラストナイトはそうそう行けません)。名手揃いのLSOだけあって、まさにガラ・コンサートを見ているような感覚で、奏者の妙技をただただ堪能しました。この曲を、このクラスのオーケストラで聴けたという感動は、後半のフーガ終盤でパーセルの主題が戻ってくる箇所で頂点に達し、涙腺にじわっと込み上げるものがありました。

振り返ると、選曲もせいもあるでしょうが、MTTのカラーはどこに出ていたか、よくわからなかったです。黒子のような働きでした。なお本日は、LSOとしては珍しく、クラリネットに日本人奏者の姿が。近藤千花子さんという人で、調べると東京交響楽団所属、現在はRAM(王立音楽院)に留学中だそうです。


笑顔のティルソン・トーマス。


デュッセルドルフの匠・二代目豚骨2013/06/10 23:59

昨年末にオープンしたデュッセルドルフ「匠」の二号店・豚骨。なかなか行く機会がなく、先日ようやくふらっと行けました。開店当初は混んでいたそうですが、半年も経つとさすがにオフピークは空いていました。



食べたのは黒麻油をきかせた「黒丸」。本家の匠もスープのベースはとんこつ(+鶏ガラ)系ですが、二代目はわざわざ「豚骨」と名打つ通り、九州系の白濁濃厚とんこつが売りです。置いておくとすぐに油膜が張ってくる、本物のとんこつスープが、めちゃ嬉しいです。

麺 は細麺ですが、博多ラーメンとは違います。本店と同じくこちらも西山製麺とのこと。博多のストレート麺じゃないのはちょっとがっかりしましたが、細麺でも しっかりとした腰があり、これはこれで美味です。ロンドンの麺はホントにこれを見習って欲しい。よく考えれば豚骨とは名付けても「九州」とは一言も言って ないので、「匠オリジナル豚骨」と思えばよいのでしょう。ゴマすりが添えてあるのも、とってもナイスのひとこと。


これは一口餃子。ロンドンのどの店の餃子よりも美味しい。

それにしても、同じ並びにある老舗の「なにわ」は、相変わらず待ち行列ができていました。「なにわ」に「匠」の2店舗が加わり、デュッセルドルフのラーメン好事情は依然としてうらやましい限り。

LSO/ティルソン・トーマス/ヨーヨー・マ(vc):コープランドとタコとブリテンと、その22013/06/12 23:59


2013.06.12 Barbican Hall (London)
Michael Tilson Thomas / London Symphony Orchestra
Yo-Yo Ma (cello-2)
1. Copland: Inscape
2. Britten: Symphony for Cello and Orchestra
3. Shostakovich: Symphony No. 5

前日はメインが「パゴダの王子」組曲だったのでパスし、MTTとYYMのミニシリーズは結局初日と最終日に行きました。LSOもこれで聴き納めと思うと、感慨深いものがあります。

1曲目「インスケープ」は、意外にも不協和音に終始した前衛現代音楽でした。私の知るコープランドとは全く違う世界で、こんな曲も書いていたのねと、ただ驚き。

今回のシリーズでヨーヨー・マはショスタコーヴィチの1番、2番と続いて、最後はブリテンの「チェロ交響曲」を選択しましたが、新たなチャレンジだったのでしょうか、珍しくずっと楽譜を見ながらの演奏。先日のショスタコ第1番では恍惚とした表情で弾いていたのが一転、余裕のない必死の形相でガシガシとラフな音をぶつけていきます。ほとんど今日初めて聴いたので曲は正直よく咀嚼できなかったし、4楽章構成という以外、交響曲とわざわざ名乗るだけのフォーマルな要素もあまりなかったのですが、オケにとってもほとんど未知の曲なんでしょう、LSOの集中力は凄まじいものがありました。ヨーヨー・マのエモーショナルな演奏も、よくわからないながらも圧倒的な迫力。燃え尽きたに思えたヨーヨー・マ、今日はアンコールとしてサー・コリンに捧げる1曲(曲名不明)を披露しました。

メインのタコ5は、らしからぬぎこちなさが随所に見られ、明らかにリハ不足。今日のプログラムだと、リハ時間の大半をブリテンに使ってしまったのは想像に難くありません。タコ5は通俗名曲ですし、リハの時間がなくとも、とにかくオケのパワーで何とか押し切った感じです。各楽器のソロは皆さんさすがにめちゃ上手い。MTTはその草食系風貌と理知的発言からクールな分析家と見られがちですが、音楽は意外とエモーショナル全開の熱い演奏で、「苦悩→葛藤→勝利」というシンプルな組み立てはストレートに心を打ちます。ああ、この人はやっぱりバーンスタインの正統な後継者なんだなと、認識をあらたにしました。



コンマス氏は自分一人だけさっさと退場してしまい、後でまたMTTが出てきたときに、一緒にシレっと出てきておりました。横のお姉さん、大爆笑。


チェロ奏者が皆楽器を膝に抱えて待ってました。


演奏前は、隣りの奏者とずーーーっと横向いて談笑していたミナ嬢。

ロイヤルバレエ/ベンジャミン/アコスタ/ヤノウスキー/モレラ:「うたかたの恋」はベンジャミンの引退公演2013/06/15 23:59

2013.06.15 Royal Opera House (London)
Royal Ballet: Mayerling
Martin Yates / Orchestra of the Royal Opera House
Kenneth MacMillan (choreography), Gillian Freeman (senario)
Carlos Acosta (Crown Prince Rudolf), Leanne Benjamin (Mary Vetsera)
Laura Morera (Countess Larisch), Meaghan Grace Hinkis (Princess Stephanie)
Zenaida Yanowsky (Empress Elisabeth), Brian Maloney (Bratfisch)
Christopher Saunders (Emperor Franz Joseph), Laura McCulloch (Mitzi Casper)
Genesia Rosato (Helene Vetsera), Ursula Hageli (Archduchess Sophie)
Gary Avis (Colonel 'Bay' Middleton), Philip Cornfield (Alfred Grünfeld)
Alexander Campbell, Bennet Gartside, Valeri Hristov, Johannes Stepanek
(Four Hungarian Officers), Fiona Kimm (Katherina Schratt/mezzo-soprano)
1. Liszt (arr. by John Lanchbery): Mayerling

マイヤーリンクは、邦題は「うたかたの恋」と言うそうですが、ハンガリー国立バレエでもレパートリーに定着していて、見るチャンスはいくらでもあったはずなのです。結局最後の最後になってやっと観賞の機会となったのは、元々バレエのために作曲された曲ではない「編曲ものバレエ」は音楽とダンスの融合度において格下である、という(私の勝手な)偏見から、観賞の優先度を下げていたからです。

本日はマイヤーリンクの最終日で、吉田都さんより年長のリーン・ベンジャミンのROH引退公演であるため(でもシーズン発表当初、最終日はマルケスとなっていた記憶があるんですが)チケットはもちろんソールドアウト、ダンサー仲間も多数見に来ていたようです。近隣の客席を見渡すと、ボネッリ・小林ひかる夫妻を見つけました。小林さん、正直ファンというわけではないのですが、オフステージの髪を下ろしたドレス姿は華のあるスレンダー美人でした。

今シーズンのマイヤーリンクは、序盤でガレアッツィ、中盤でコジョカル、そして最終日でベンジャミンという、3人ものプリンシパルが一挙に退団するという因縁の演目になりました。くしくも、我が家にとってもこの日がロンドンでの最後の観劇ということで、感慨深いものがあります。ロンドン最後の演目に選ぶにはちょっと暗過ぎだし、子供に見せるものじゃないんじゃないかという危惧もありましたが、蓋を開けてみれば、退廃的な雰囲気の中にも人間ドラマが凝縮された密度の濃いいバレエで、たいへん楽しめました。思えばもっとドギツい演目も今まで子供に見せてましたし、不倫と自殺はオペラ・バレエの基本アイテムですしね。

ストーリーは、マザコンのドラ息子である王子が親の敷いたレールを踏み外す自由がない自分の境遇にスネまくって、妻をいじめ、クスリに溺れ、最後は未成年の愛人と心中するという救われない話です。アクロバットな技を競い合うバレエではもちろんなく、各々屈折したキャラクターにリアリティを持たせる演技力が命と言えるわけですが、アコスタはさすがにベテラン、ナイーブなドラ息子が身を持ち崩していく様を見事に演じ切っていました。パドドゥの力技も見応えがありましたし、アコスタはまだエースを下りる気はないな、と、ちょっと見直しました。相手役のベンジャミンも卓越した表現力。最初に登場する場面では立ち振る舞いがマジで「くるみ割り人形」に出てきそうな無垢な10代の少女に見えたので、別の人なのかなと思わずオペラグラスで確認しました。その後のファム・ファタールへの変貌ぶりも見事なもので、バレエがジムナスティックである以前にボディ・ランゲージであることを再認識させられました。

これら老獪な説得力抜群の主役を脇で固めるのが、これまた芸達者な人達ばかり。ヤノウスキーは長身で芯の強い女という皇女エリザベートのイメージにぴったし。アコスタとの絡みで、お互い腕を取りグルグル回る回転が、あっという間に見てる自分がGを感じるくらいの高加速度。あまり組む相手でなくてもこういうのがしれっとできてしまうのは、さすがに百戦錬磨のプリンシパル。それ以外にもモレラ、エイヴィスといったクセのあるプリンシパルが脇役ながらも要所を締める贅沢なキャスティングでした。マクミランの作品なので舞台の隅にも目をやると、小芝居がいつにも増して芸が細かく、ヤノウスキーとアンダーウッドの談笑など、声は出さずとも話が弾む様子がめちゃめちゃリアルで、一体何を話しているんだろうとついオペラグラスで覗き見したくなるくらいでした。群舞では金子さん大忙し。去りゆくプリンシパルを皆が温かく、最大限の敬意と集中力を持って支えたこのマイヤーリンクは、一生のうちにそうそう見れるものではない充実した公演でした。

終演後は退団するダンサーを送り出す恒例のフラワーシャワー。舞台では男性プリンシパルがずらりと並び、花束を渡しました。カーテンコールではベンジャミンの息子ちゃんも登場。一旦場内が明るくなった後もまだ拍手は鳴り止まず、最後に引っ張り出されたときの充実した笑顔が、今日の公演の全てを物語っていました。


満足そうな表情のベンジャミン。



ヤノウスキーとヒンキス。


ベンジャミンとモレラ。


アコスタ。


ブライアン・マロニー。この人もこの日が引退公演だったようで、盛大な拍手と花束が飛び交っていました。


正装した息子ちゃんとハグするベンジャミン。


照明が点いても鳴り止まない拍手の場内。


さて、ロンドンに来てから260回を数える演奏会通いも、とうとうこれでおしまい。この趣味に関しては、ロンドンほど恵まれている土地は他にないでしょう。日本に帰ったら、どうしましょうかねえ…。外タレは高くて手が出ないので、在京オケと新国立劇場中心にローカルものを見ていくことになると思います。次のシーズンのプログラムで、これは何としても聴きたい、と思えるものがあまりないので数はそんなに行かないと思いますが、何か聞いたら随時備忘録としてブログとHPにゆるゆるとアップします。

こちら退屈なロンドン、最後の発信です。2013/06/25 23:59




このたび日本に完全帰国することになりましたので、もうすぐロンドンを離れます。月に何度かしか更新しないルーズなブログでしたが、読みにきてくださった方々、コメントをくださった方々、weblogの会でわいわいやらせていただいた方々、本当にどうもありがとうございました。最後まで好きになれなかった国イギリスですが、ロンドン生活は結局、そう退屈なものではありませんでした。


書きかけの文章がまだ少し残っているので、そのうちこっそり追加・更新すると思いますが、とりあえず「London Boring」ブログはここまで、とさせていただきます。世間はTwitterやFacebookなるものが席巻しているようで(これらももう古い?)、ちまちまブログを書いている人はめっきり少数派になってしまった気がしますが、まとまった文章として記録を残しておくというこのスタイルが自分の性に合っているので、帰国後落ち着いたらまた何らかの形でブログは再会するつもりです。その時までしばしお別れ、皆様もどうかお元気でお過ごしくださいまし。


Miklos 拝