シモン・ボリバル響/ドゥダメル:スタジアム系クラシック2012/06/26 23:59


2012.06.26 Royal Festival Hall (London)
Gustavo Dudamel / Simón Bolívar Symphony Orchestra of Venezuela
1. Esteban Benzecry: Rituales Amerindios (Amerindian rituals)
2. Richard Strauss: An Alpine Symphony

シモン・ボリバル響(元シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ)は今ロンドンで一番チケット争奪が厳しいオーケストラで、その点ではベルリンフィルやウィーンフィルをも凌駕しています。今回の一連のチケットも昨年の1月頃サポート会員向けに先行発売した分だけで、プログラムも全く未定だったのに、もうほとんど完売状態でした。ということで私もこのチケットは買い損ねていたのですが、リターンが出ないかと毎日サイトをチェックしていたある日の深夜、1枚だけポコっと空席が出ているのを発見、かぶりつき席を1枚だけですが(すまん、家族)すかさずゲット!日頃の行いが良いとやっぱり神様は見てくれているなあ、うんうん。

初めて見るシモン・ボリバル響は、とにかく人が多い。あの広いロイヤル・フェスティヴァル・ホールのステージに、立錐の余地なく奏者が乗っています。コントラバスが14人もおり、弦楽器だけで80人を超えています。普通のオケのざっと倍。英国のナショナル・ユース・オーケストラも同じスタイルだったので、ユースの名が取れても、必要以上に楽器を重ねる人海戦術のアマチュアスタイルは維持しているようです。

1曲目はアルゼンチンの作曲家ベンゼクリがイエテボリ響(音楽監督はドゥダメル)の委嘱で作曲し、2008年に初演された組曲です。南米の古代文明であるアステカ、マヤ、インカをモチーフにしており、プリミティブなエネルギーに溢れた、わかりやすい曲想です。怪獣映画のサントラみたい。アステカは風神、マヤは水神、インカは雷神として、各々非常にベタな表現で自然現象が描写されております。速いパッセージを顔を紅潮させながら刻みつけ、音楽に全身全霊でのめり込むヴァイオリン男子の姿が初々しくて微笑ましいです。男子に比べると女子はもっとクールで、ツンとすましたメスチソ美少女もなかなかオツなもの(って何が?)。やはりラテンの血か、奏者の楽器を奏でる動作はいちいち大きく、派手でノリノリな傾向です。とにかく人をかけ、楽器をユニゾンで重ねて音を厚くし、アラを目立たなくして力技で押し切る戦術で、その分どうしても繊細さは犠牲になります。ツアーに出てステージに立っているメンバーは選りすぐりだけあって、各プレイヤーの技量は思っていた以上に達者で、上手いのですが、それでも皆でユニゾって熱く高揚する、というのがこのオケの捨て難きスタイルなのでしょうね。

休憩後の「アルプス交響曲」は、これまた滅多に聴けないシロモノでした。金管の弱音ソロや、弦楽の各パート1人ずつのアンサンブルといった箇所ではほころびが見えたりもしましたが、総じてミスの少ない立派な演奏に加え、この倍増の人数です。ドゥダメルも両手を目一杯広げてオケを鳴らしまくり、過去に聴いたことがないような大音響がホールの気圧を押し上げました。深遠や美学の追求というより派手な音響を楽しめばよいこの曲は、このオケにまさにうってつけ。決して軽く見ているわけではなくて、これが実現出来るというのは本当に凄いことです。ただしこれは、例えば、必要にして十分な人数のベルリンフィルが奏でる精緻の限りの演奏を聴いたときに沸き上がる感動とはまた別種のものであるのも確かです。言うなれば「スタジアム系」のクラシック。同列で比較するのはナンセンスでしょう。

アンコールでは第1ヴァイオリンが1プルト分下がって指揮者の横にスペースを作りましたので、誰か歌手かソリストが出てくるのはわかりましたが、のそのそと登場したのは、片目アイパッチに角の帽子をかぶり、毛皮の肩掛けをまとって、手には槍を持っためちゃ怪しげな大男。この人は俺にもわかるぞ、ブリン・ターフェルだ!その扮装からしてもちろん「リング」のヴォータンの歌を歌ったわけですが(曲名は「ラインの黄金」から「夕べの空は陽に映えて Abendlich strahlt der Sonne Auge」だと事後チェック)、その声の威厳と説得力の凄いことと言ったら。ラッキーにもほぼ正面の至近距離だったので、終始圧倒され、全身が痺れるくらいに凄みのある歌唱でした。ただでさえ大人気のドゥダメルとシモン・ボリバルに加え、このサプライズゲストに聴衆はもう大喜び。ターフェルにとっても、来週始まる「BRYN FEST」と、来シーズンのROH「リング」一挙上演のよい宣伝となったことでしょう(リングはとうの昔にチケット売切ですけどね)。音量も凄かったけど、歓声も並み外れて凄かった、大満腹の演奏会でした。


持っている槍が演奏中にヴァイオリン奏者にコツコツ当たり、気の毒でした。


ターフェルは声も身体もひたすらでかい。


ヴァイオリンのべっぴんさん達。


男子も至福の喜びのように音楽を奏でる姿がなかなかかわいいです。

肝心のドゥダメルの写真を撮り損なってる…。