ロイヤルオペラ/グリゴーロ/ゲオルギュー/パーペ/ホロストフスキー:グノー「ファウスト」初日2011/09/18 23:59


2011.09.18 Royal Opera House (London)
Evelino Pidò / Orchestra of the Royal Opera House
Original Director (David McVicar), Lee Blakeley (Revival Director)
Vittorio Grigolo (Faust), Angela Gheorghiu (Marguerite)
René Pape (Méphistophélès), Dmitri Hvorostovsky (Valentin)
Michèle Losier (Siébel), Daniel Grice (Wagner)
Carole Wilson (Marthe Schwertlein)
Royal Opera Chorus
1. Gounod: Faust

シーズンオープニングのプッチーニ「三部作」はパスし、今日の「ファウスト」初日が我が家のROHシーズン開幕です。この作品はおろか、グノーのオペラ自体が初めてでした。

先日の「トスカ」をも上回る豪華布陣の歌手陣は、皆さんさすがに期待を裏切らない素晴らしい歌唱で、これぞロイヤルオペラの真骨頂とたいへん満足できるステージでした。

ルネ・パーペは初めて見ますが、精悍なお顔立ちのプロモ写真のころからずいぶんと太られたようで、貫禄十分。地響きのような低音は長丁場出ずっぱりでも一向にヘタることなく、演技も含めて完璧な仕事ぶりでした。第4幕の女装は意外と中性的で、品があってよかった。もう一方の「低音組」ホロストフスキーも、ロンドンではお馴染みの顔みたいですが私は初めて。この人も今日は絶好調に見え、芯のある低音に、力を込めた誠実な歌唱が、カタブツお兄ちゃん役にぴったりハマっていました。芸幅はあまり広くなさそうだけど、良い声です。この二人は、原発事故後、多くの歌手・演奏家があれやこれやの口実で訪日をキャンセルする中、6月のMET日本公演にちゃんと出てくれたそうな。まさに漢の中の漢、かっきいー。

タイトルロールのグリゴーロは昨年の「マノン」でROHデビューして以来、待望の再登場でした。一人だけ突出して若いこともあって、とにかくこの人は元気がよい。相変わらずよく通るシャープな大声と軽い身のこなしは、若返ってはしゃぐファウスト博士にうってつけで、彼が登場するとそれだけで舞台が躍動感に満ちていました。ただ、「ファウスト」のテナーのアリアは、ハイトーンを取ってつけたように張り上げる曲ばかりで、正直出来が良くないと思うので、その分ちょっと割を食ってしまったような。また、ネトレプコとのからみがほぼ全てだった「マノン」と違い、「ファウスト」では相手役のゲオルギュー以外に、パーぺやホロストフスキーとのからみがむしろキモだったりするので、さすがに一番美味しいところを食ってしまうとはいかなかった様子です。アリアやカーテンコールではもちろん大きなブラヴォーをもらっていましたが、最大級とまでは言えず。今回は周囲の先輩達からとことん吸収させてもらうくらいの謙虚さでいたほうが良いのでは、と、カーテンコールでの大げさな彼の立ち振る舞いを見て、少し心配してしまいました。

さすがのゲオルギューも、この声のでかいメンバーに入ると繊細さが際立ちます。最初はちょっとか細すぎやしないかと思いましたが、要所はしっかりと締めて、エネルギーを温存しつつベテランの表現力で勝負していました。ちょっと頬がこけたように見えましたが、清楚な金髪のゲオルギューはまだまだ十二分にイケる美貌で、特に第1幕でスクリーン越しに幻影として現れ、ノンスリーブで身体を拭く姿は妖艶の一言。最終幕、髪を短く切られてみすぼらしい衣装のままでカーテンコールに出なければならなかったのは、ちょっと気の毒ではあります。

あとはズボン役ジーベルのミシェル・ロジエ、ロイヤルオペラは初登場だそうですが、非常に綺麗な透き通る声がいかにもうぶな少年っぽくて役によく合っていました。この人も声がでかかった。男役でも女役でもまた是非聴いてみたいと思ったメゾ・ソプラノです。

今日はオケにも一貫して集中力があり、たいへん良かったです。開幕前、上着を脱いでいる団員数人を見つけたときは嫌な予感がしたのですが、幸い杞憂でした。初日だということもあったんでしょうが、パッパーノ大将がいなくても俺たちゃやるときはやるぜ、というプライドを垣間見た気がしました。

演出については、このマクヴィカーのアイデア満載で見所たくさん、凝集度の高いプロダクションは、シンプルに楽しめるものと私は肯定的に捉えましたが、妻は気に入らず、まあ賛否両論でしょうね。この人はやっぱり問題児、要注意人物です。第2幕のキャバレーダンスはまだ微笑ましくても、第5幕のワルプルギスの夜のバレエは、臨月の妊婦を振り回したり、バレリーナに乱交させたり、ちょっと悪趣味が過ぎると言われても仕方がないでしょうね。先日帰国した際、予習用にと買ってみたディゴスティーニ「DVDオペラ・コレクション」の「ファウスト」(ケン・ラッセル演出、ウィーン国立歌劇場)ではこのバレエ・シーンはまるまるカットされていましたし、もう一つ見たNHKの「伝説のイタリアオペラ・ライブ」シリーズでは極々常識的なバレエだったので、油断していました。子供に見せるものではなかったです。侮れじ、マクヴィカー。

今回は我が家は右側のバルコニーボックスに陣取ったので、ラストの老紳士の天使は角度の関係上よく見えませんでした。あまり「救われた」感のない野たれ死にのような倒れ方で絶命したマルグリートは、果たして神に召されたのでしょうか?第2幕でもキリスト十字架像の脇腹から赤ワインを流したり、その像をあられもなくうつぶせに倒してみたり、相当罰当たりなアンチクライスト系の演出。一方で悪魔のメフィストフェレスは常に冷静沈着、剣で十字を切られても、大天使が現れても、弱ったり動じたりすることなく、ただし逃げ足だけは速くて確実(笑)。うーむ、現世の売れっ子マクヴィカーは、もしかしたら悪魔に魂を売った人かも。


グロテスクなバレエダンサーたち。ロイヤルバレエの人ではないでしょう。(こんな肉感的なダンサーたちはロイヤルでは見たことないので)


満場の歓声に応えるホロストフスキー。実際、素晴らしい歌唱でした。


さすがに初日はキャンセルしなくて良かった、ゲオルギュー。「こんな短い髪で、情けないわぁ〜」という仕草をしていました。


グリゴーロ君も大歓声。すっかり人気者の仲間入りですね。今回は、コヴェントガーデンによくぞ戻って来てくれた、ということだけで良しでしょう。


出演者を称える指揮者のピドさん。これだけの演奏をオケから引き出したのだから、なかなかの実力者です。