フィルハーモニア管/サロネン/ハーグナー(vn):カラッと明るい「英雄」2012/03/15 23:59

2012.03.15 Royal Festival Hall (London)
Esa-Pekka Salonen / The Philharmonia Orchestra
Viviane Hagner (Vn-2)
1. Beethoven: Symphony No. 1
2. Unsuk Chin: Violin Concerto
3. Beethoven: Symphony No. 3 (Eroica)

ベートーヴェンの交響曲は「第九」以外、わざわざそれを目当てにチケットを買うことがないので、2003年に「備忘録」を書き始めて以降、未だに聴いてない番号がいくつもあります。中でも「英雄」は元々苦手中の苦手であるため、前に実演で聴いたのはそれこそ30年ではきかない遥か昔、朝比奈/大阪フィルの演奏会で聴いたっきり、ずっと避けてきました。しかし、苦手な曲もトッププロの演奏で聴いたら印象が変わるかもしれないなー、とふと思い立ち、急きょ行くことにしました。まあ一番の理由は、ブダペスト祝祭管の後、珍しく3週間も演奏会の予定が入ってなかったので、こりゃーいかん禁断症状が出る、と思ったことなんですけどね。

ストールB列の席を買ったので前から2列目と思っていたら、A列が撤去されており、最前列で見ることになってしまいました。うーむ、ここだと第1ヴァイオリン以外は奏者がほとんど見えないなあ…。会場では内田光子さんが聴きにいらしてました。サロネン/フィルハーモニア管のベートーヴェンシリーズでは先日共演もしてましたし、ヴィヴィアン・ハーグナーはデュオのパートナーなんですね。


まずはチン・ウンスク。ロンドンに来るまでは全く知らない名前でしたが、ロンドンでは名前と顔写真を見る機会がやたらと多い女性作曲家です。2001年作のヴァイオリン協奏曲はハーグナー(この人は独韓ハーフなんですね)の独奏で初演の後、世界各国で再演され、テツラフなども取り上げているそう。最初、何だかよくわからない打楽器群が所狭しと並べてあったのが、俄然興味を引きました。チェレスタ、チェンバロがある上にさらに木琴、マリンバ、グロッケン、ヴィブラフォンといった鍵盤打楽器勢揃い、加えてオケには珍しいスチールドラム、鉄板(サンダーシート)、ドラム缶などが見え、相当賑やかなことになってました。後で調べたら、他にもリソフォン(石琴)、サンザ、ギロなどのエスニック打楽器もあったようで(気付かなかった…)、もはや無国籍を超えて無節操。曲は4楽章構成ながらも緩徐楽章のないハイカロリーの熱い曲でした。第1楽章はポリリズムのダイナミックな曲で、何かがもぞもぞと蠢くような生理に訴えるイメージです。変拍子、不協和音、無調のいわゆる「現代音楽」ではありますが、全編通して何かしらヴィジュアルなイメージを喚起するので、耳にすんなりと入ってきやすい曲調でした。そのヴィジュアルイメージは決してヨーロッパのそれではなく、アジア的なものを強烈に感じました。もっと言うと、自然の景観ではなくて、鈴木清順の映画のように人工的に着色された東洋の風景のイメージ。このわかりやすい個性はチン・ウンスクの不可換な魅力でしょう。ヨーロッパで人気が高いのもうなづけます。終演後にサロネンに呼ばれてステージに出てきたウンスクさん、50歳には見えない、写真通りのかわいらしい女性でした。ハーグナーと手を繋いで出て来た女子ぶりが微笑ましかったです。

さて本題のベートーヴェン。古楽畑の人は言うに及ばず、ラトルみたいにモダンな指揮者もこぞってピリオド風の奏法を取り入れたりして、かつての巨匠の時代から比べると演奏様式がずいぶんと変わりました。若くてモダンで理屈をこねる人ほど、ベートーヴェンでは古楽器系アプローチにこだわったりするというある意味逆説的な流行になっているようにも思えますが、そこで私のイメージでは超モダンな指揮者、サロネンがいったいどんなベートーヴェン像を見せてくれるのか興味津々でした。まずオケはフル編成の現代オーケストラ、楽器も見たところ通常の現代のものでした。ティンパニがいつもと違う手回し式の小型のものでしたが、これとて見た目ピカピカで、バロック楽器とは言えないような。弦楽器の並び方もチェロを右に置くモダン配置で、奏者は普段の通りヴィブラートをかけまくって演奏していました。つまり、ピリオド系アプローチなどほとんど気にしない、あくまで普段着の自然体演奏だったのでちょっと拍子抜けしました。テンポも最近の傾向であるせかせかした速さではなく、速すぎず遅すぎずの中庸路線。「英雄」の第2楽章、有名な葬送行進曲などはバーンスタイン並みに遅いテンポでじっくりと歩みますが(このかったるさがこの曲の特に苦手な部分なんですが)、全体的な印象はカラッと明るい、スカッと晴れやか、後腐れのないベートーヴェン。サロネンならもっと理詰めで窮屈な演奏に持ってくるかと想像していたのですが、どういうベートーヴェン像を描き出したかったのか、拘り所がよくわからなかったです。意外とあまり深い考えはなく、ただ朗々と気持ちの良いベートーベンをやってみたかっただけなのかも。それはそれで十分納得できる話です。これで「英雄」の印象が変わったかというと…。演奏し甲斐のある難曲で、さすがにファンが多いだけあってなかなかかっこいい部分もある曲だというのはわかりました。好きになれるまでには、もっと修行を積まないといけませんねー。

今年最初のフィルハーモニア管でしたので、久々に見たフィオナちゃんは相変わらずのツンデレ系(デレのほうは見たことないので単なる想像ですが)。ホルンのケイティちゃんはメンバー表にはありましたが姿は見えず、残念。今日の発見は、ライブラリアンの女性がなかなかの美人だったこと。やっぱりこのオケは見応えがありますね!(何が?)いい味系ティンパニの大御所アンディ・スミスさん、今日はベートーベンでは手回しの旧式小型楽器を使用。ピリオド系で硬質な音を出すためかと思いきや、LSOのトーマスさんほどの突き抜けた固さはなく、もう一つ中途半端な印象で、本領が発揮できてませんでした。この演奏だったらいつものモダン楽器でいつもの通りガツンとやったほうがよかったのではないでしょうかねえ。

フィルハーモニア管/サロネン:バルトーク「青ひげ公の城」2011/11/03 23:59

旅行やら出張やらで更新の時間がなく、だいぶビハインドしてしまいましたが、徐々にキャチアップして行きます。


2011.11.03 Royal Festival Hall (London)
Esa-Pekka Salonen / The Philharmonia Orchestra
Yefim Bronfman (P-2)
Nick Hillel (Director-3), Juliet Stevenson (Narrator-3)
Sir John Tomlinson (Bluebeard-3), Michelle DeYoung (Judith-3)
1. Debussy: Prélude à l'après-midi d'un faune
2. Bartók: Piano Concerto No. 3
3. Bartók: Duke Bluebeard's Castle (semi-staged performance)

早いものでフィルハーモニア管のバルトークシリーズもロンドンではこれが最終日。気合いを入れて1年半前に買ったこのチケットも無事日の目をみることができて、よかったです。

1曲目はバルトークではなくドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」。サロネンは指揮棒を使わず、重心の低いフルートを軸としてカラフルな粘土でやさしく肉付けしていくような幻想的な演奏でした。手馴れた感があったのでこのコンビの十八番なんでしょうね。まずはお洒落なアペリティフで軽くジャブ、といったところです。

ピアノ協奏曲第3番は、1番2番とはがらっと曲想の違うこの曲をブロンフマンがどう料理するか興味津々だったのですが、くっきりと切り立ったピアノがカツカツと前面に突出し、ここでもやはり妥協のない即物的な演奏に終始していました。バルトークなのでこういう解釈はありですが、コチシュほどの硬質さもなくちょっと中途半端なピアノ。展開がギクシャクとしていて乗りきれず、あまり好きな曲じゃないのかも。もちろんめちゃめちゃ上手いのですが、こういうテクニカル的には平易な曲だとかえってミスタッチが耳についたり、我らがアンディさんもティンパニのリズムを間違えたりして、面白いもんです。我らが全体の流れと起伏をうまく彫りだす説得力では、夏のプロムスで聴いたシフのほうが何枚か上手であるなあと感じました。

メインの「青ひげ公」はstaged performanceということで、実は演奏会の最初から、ビデオを投影するためのスクリーンと何だかよくわからないオブジェが設置されていました。団員が出てくるのと一緒に、よく見るとすでにサロネンもヴァイオリンの中に座って談笑しています。


照明が落ち、ナレーターが静々と出てきて「Once upon a time...」と英語で前口上を語り始めました。息子ペーター・バルトークによる完全版スコアに新版英訳が付いてから英語の前口上は珍しくないですが、 これは吟遊詩人という役どころなので女性のナレーターはたいへん珍しく、「青ひげ公」のCDは目に付けば手当たり次第買い集めている私も、初めて聴きました。本編の歌は原語なんだし、やっぱり私はハンガリー語でテンション高く「Hay rego reitem...」と始まってくれないと、どうも調子が狂ってしまいます。

前口上が終わると歌手の二人も左からそろりそろりと登場。トムリンソンは英国人なのに「青ひげ公」を得意としていて、CDも何種類か出ていますが、良く響く低音はさすがに貫禄十分。ただし、調子が万全ではなかったのか歌が多少粗っぽかったのと、演技過多なのはいただけません。また、外見があまりに「老人」なのもマイナスでした。青ひげ公はユディットを愛し、絶望し、血の涙を流し、最後は冷徹に葬るのですが、感情を表に出さず凛とした抑制がキャラの命です。 やけにはしゃいだような演出、やたらに芝居がかった歌は基本的にNGと私は主張します。しかし、粗いとは言え、ポルガール・ラースロー亡き後、これだけの自信と貫禄で青ひげ公を歌える人は他にいないのも事実。ハンガリーから誰か若手が奮起して出てくれることを期待します。


(ネットで拾ってきた写真ですが出所がどこだったか失念、すいません)

ユディット役は当初ミーシャ・ブルガーゴーズマンというクロスオーヴァー系の米国人黒人歌手が歌う予定でしたが(それはそれでどんなものになるか想像もつかず、是非聴きたかったですが)、妊娠が発覚したとのことでツアーはキャンセル。代役はマーラーシリーズで何度か登場したミシェル・デヤング。正直期待はしてなかったですが、意外とハンガリー語の発音もがんばって、よく歌っていました。トムリンソンが突出していた分、かえってバランスは良かったと思います。二人に共通するのは、歌のフレーズの立ち上がりにはもちろん気を使っているんでしょうが、時々アタックが弱くハンガリー語のリズムとして違和感のある箇所がいくつもありました。

ビデオはシンプルでシンボリックなものでしたが、正直、あまり出来が良くないと感じました。歌手を邪魔しないという意味ではよかったですが、もっと多数のアイデアをぶちこんでもよかったのではないかなあ。真ん中の意味不明オブジェは途中で動いて形を変えるのですが、モーター音がうるさく、こっちは明らかに邪魔になっていました。

サロネンのテンポは終始、極端に遅めで、歌手はさぞ歌いにくかったのでは。一方でサロネンの芸風らしからぬ粘りとポルタメント多用で、だいぶ濃厚な表現に なっていたのは、歌手の熱気に引きずられたところもあったのかもしれません。そのわりには、この曲で私の一番好きな箇所、最後の扉を開けて「一人目の妻は」「二人目の妻は」と歌ううちに二人の間に流れる空気がさっと変わっていく心理表現が、重苦しいだけで機微に乏しかったのはちょっと残念でした。

いろいろ文句も言いましたが、バルトークの最高傑作にして20世紀を代表するオペラ(は言い過ぎか)、「青ひげ公の城」を実演で聴く機会はそう多くないので、今年は2回も聴けて、もうそれだけで満足感いっぱいなのです。


フィルハーモニア管/サロネン/ブロンフマン(p):バルトーク三昧2011/10/27 23:59

2011.10.27 Royal Festival Hall (London)
Esa-Pekka Salonen / The Philharmonia Orchestra
Yefim Bronfman (P-1,4)
Zsolt-Tihamér Visontay (Vn-1), Mark van de Wiel (Cl-1)
1. Bartók: Contrasts (violin, clarinet and piano)
2. Bartók: Suite, The Wooden Prince
3. Bartók: Dance Suite
4. Bartók: Piano Concerto No. 2

またまたバルトークシリーズです。1曲目のコントラスツはピアノ、ヴァイオリン、クラリネットの三重奏曲で、ジャズクラリネットの巨匠ベニー・グッドマンのために書かれた曲です。なので、私はてっきりアメリカ移住後の作品と思い込んでいたのですが、調べてみたら1938年、渡米前の作曲でした。バルトークとベニー・グッドマンという全く接点がなさそうな取り合わせが刺激的ですが、この二人を繋いだヨーゼフ・シゲティを加えて残した記念碑的録音が有名です(といいつつ実はまだ聴いたことがないんですが)。一種の変奏曲ですが、なかなかつかみ所がわからない曲です。特にピアノは地味〜に下支えするのみですが、対照にクラリネットは大暴れ。おどけた民謡調、激しいスケールの上昇下降、ジャジーでハスキーなロングトーンなど、色彩豊かに吹きまくります。オケの首席奏者マーク・ファン・デ・ヴィールが渾身のヴィルトゥオーソを聴かせてくれました。一方お馴染みのコンマス、ジョルトさんはハンガリー人なのに意外と控えめなバルトークへの取り組み方。調弦を変えた楽器を持ち替えつつも、でしゃばらず他の二人を引き立てることに徹していました。


続く「かかし王子」、ハンガリーではバレエの定番メニューとしてよく上演されていましたが、組曲版は初めて聴きます。CDでも多分Hungarotonくらいからしか出ていない珍しいバージョンです。組曲は全部で35分くらいのバレエを半分の20分に抜粋したもので、実際聞いてみると、あれがない、これがない、と面食らう箇所もあったものの、コンパクトに上手く仕上がっているという印象です。多分聴き込みが足らないせいでしょう、私は「かかし王子」の音楽は冗長に感じることが多かったのですが、これは飽きませんでした。カラフルなオーケストレーションはラヴェルというよりリヒャルト・シュトラウスを連想させ、指揮者のドライブやオケの力量が量れる佳曲と感じました。「かかし王子」組曲のスコアは息子ペーター・バルトーク氏による決定版編集作業の一環として、数年前ようやく初出版されたそうです。「中国の不思議な役人」の組曲同様に、今後フルオケのレパートリーとしてもっと普及すればよいなと思います。

休憩後の「舞踏組曲」はブダペスト市成立50周年記念祭で、コダーイの「ハンガリー詩篇」と共に初演された祝典音楽です。比較的初期の作品になりますが、バルトークらしいメタモルフォーゼされた民謡調スタイルはすでに確立されており、聴き手にストレスを強いる舞曲集です。演奏は先の「かかし王子」と比べると演奏頻度が高い分、変に手馴れているのか、どうも集中力がなくてリズムのキレも悪かったです。それとこの曲を聴いていてあらためて思ったのは、サロネンさん、昔からライフワークのようにバルトークをよく取り上げてきていますが、何か別世界からのアプローチのように感じてなりません。いったいバルトークの何に共感して取り上げるのかというと、純粋にスコアに書き込まれたアヴァンギャルドな作曲技法のみであって、ハンガリー民謡の歌わせ方とかにはまるで関心がないようにも見えます。ハンガリーとフィンランドは言語的には同族と言われているので音楽でも根底の部分で共振するものがあるのかもしれませんが、それにしてもサロネンは、多分ハンガリーの素朴な自然を歩いたり、ハンガリーの田舎料理をこよなく愛するような人ではないんだろうなと思いました。最後、コーダの前のブレークは異常に長く、エンターテインメント性に長けた解釈ではありましたが。

最後はブロンフマン再登場でピアノ協奏曲の第2番。第1楽章は私も初めて実演で聴いたとき「なるほどそうだったのか」と瞠目したのですが、弦楽器が一切出てこない、ピアノと金管、木管だけのファンファーレ的音楽です。待ちくたびれた鬱憤を晴らすかのように、体重増殖中ブロンフマンのピアノはよくまあ激しく叩きつけること。打楽器奏者もかなわないくらいに手首がよく回ってます。しかも音がシャープで、打鍵は機械仕掛けのように正確。相変わらず硬質の切れ味鋭いピアノでした。これを聴けただけで今日は大満足。終楽章、せっかくのティンパニ連打でスミスさんが大見得を切ってくれなかったのと、全体的にオケの音(特に金管)が荒れていたのがちょっと残念。しかしラストの畳み掛けは最初からトップギアで爆走し、凄いの一言。来週の第3番もどう料理してくれるのか、とっても楽しみになりました。


バルトークシリーズはマーラーとはやっぱり違って、客入りはまあまあ。コーラス席には客を入れず、なお空席が目立ちました。ところで今日は第2ヴァイオリンのゲストプリンシパルとして船津たかねさんが、フィオナちゃんの隣りに座っていました。20年前にバーンスタイン指揮の第1回PMFオーケストラでコンミスを勤めたことで、若手美人奏者として一躍人気を博した人だそうです。今はさすがに年齢なりの落ち着きでしたが、今なお笑顔がかわいらしい小柄でチャーミングな女性でした。


たかねさんとフィオナちゃんのツーショットもなかなか…。

フィルハーモニア管/マゼール:マーラーシリーズ最終回は「四百人の交響曲」2011/10/09 23:59


2011.10.09 Royal Festival Hall (London)
Lorin Maazel / The Philharmonia Orchestra
Sally Matthews (S), Ailish Tynan (S), Sarah Tynan (S), Sarah Connolly (Ms)
Anne-Marie Owens (Ms), Stefan Vinke (T), Mark Stone (Br), Stephen Gadd (Br)
Philharmonia Chorus, Philharmonia Voices, BBC Symphony Chorus
Boys from the Chapel Choirs of Eton College
1. Mahler: Symphony No. 8 (Symphony of a Thousand)

「マゼールのマーラー・チクルスを厳選して聴きに行くつもりが結局全部聴いてしまった」シリーズもついに最終回。前日のロイヤルバレエに続き連チャンで家族揃って出かけました。さすがに娘はお疲れ気味、マーラーにさして興味があるわけではもちろんないので、しょうがないからつき合ってあげるよモード。彼女が、ヨーロッパで自分が聴いてきたものの値打ちを認識するのは、もっと後のことになるのでしょう。

本日の「千人の交響曲」、メンバー表から人数を数えてみると、オケ121、ソプラノ75、アルト59、テナー46、バス59、少年合唱34、独唱8、指揮者1の総勢403名でした。ちょうど、Loon Fungで800gの豆腐パックを買って家で実際測ってみたら400gしかなかった(ほぼ実話)、みたいな感じでしょうか。冗談はさておき、この曲を昨年のプロムス2007年にブダペストで聴いた時はどちらも600人くらいだったので、それと比べてもずいぶんと少数精鋭ですが、響きの良いコンサートホールなので音量的にはこれで十分おつりが来るくらいです。

このシリーズを一貫してマゼールは遅めのテンポ設定で、チラシには演奏時間約80分と書いてありましたが、今日も実際には100分近くかかっておりました。第一部は冒頭からオルガンと合唱がまさに風圧が顔を直撃する迫力で、場内に上昇気流が巻き上がっているんじゃないかと思うほどの空気のうねりを感じました。今回は早めにF列のチケットを取ったので、この距離だと少年が合唱もよく聴こえ、圧倒的な音量の中にただただ漂っておりました。音の洪水とは言ってもロイヤルアルバートホールのひどい音響と比べると音の分離は至ってクリア、オケの緻密なアンサンブルも十分に楽しめました。やっぱりちゃんとしたホールで聴く良質の大管弦楽は、格別に快感を刺激します。

力技で押し切った第一部から一転、第二部は繊細過ぎる弦から始まって精緻の極みの音楽が続きます。第一部では海に飲み込まれるしかなかった独唱陣も、各々待ってましたと見せ場を作ります。特にテナーのフィンケは先日の「大地の歌」では正直がっかりしましたが、どうにか調子を取り戻したようでしっかり声は出ていました。依然として一本調子で、好きにはなれない歌い手ですが。舞台上のソプラノ2人とメゾのコノリー、バリトンのストーンも各々前に出る歌唱で良かったですが、もう一人のメゾのオーウェンスと、急きょ代役で呼ばれたバリトンのスティーヴ・ガッド(カリスマドラマーとはもちろん別人ですね)は、ちょっと影が薄く印象に残りませんでした。歌の部分は各歌手の力量にまかせつつ、マゼール御大は今まで以上に広過ぎるダイナミックレンジで濃厚にえげつない表現を繰り広げ、変態指揮者の面目躍如でした。指揮棒を腰のあたりに構えて真横に突き刺すような仕草も相変わらずチャーミング。

終盤、最後のソプラノ(セイラ・タイナン)が最上段37番のボックス席から栄光の聖母の歌を歌っている最中、舞台から突然何かが滑り落ちるような音がしたので目を向けると、コントラバス奏者の女性が床に倒れて伏しており、楽器が舞台の下まで落ちていました。すぐに周りの奏者が助け起こし、近くの聴衆も何人か手助けをして、その奏者は担ぎ抱えられて舞台袖に引き上げていきました。担がれているとき意識はありそうに見えたので、貧血か何かだったのでしょうか。ちょうどコントラバスの出番がない箇所だったので、かえって気力が切れてしまったのかもしれません。終盤ますます遅くなったテンポが余計に奏者に負担をかけてしまった気もします。最後のクライマックスの前には倒れた女性奏者と付き添いで残った一人を除いて皆舞台に戻ってきて、何事もなかったかのように流れに入って行きました。指揮者はもちろん気付いていたでしょうが、演奏に集中していた他の楽器の奏者は多分何が起こったのかよくわからなかったでしょう。不運な事故ですが、マゼールはおそらく継続可能と咄嗟に状況判断するや、自ら動じることなく、また奏者に動揺を与えることなく、最後まで集中力を切らさずそのまま突き進んでいくことにしたのだと思います。倒れた奏者のその後の状況がわからないのですが(何事もなかったことを祈っております)、この演奏会、そしてこのシリーズの集大成が傷つくことなく何とか終われたのは不幸中の幸いでした。このロングランを走り切った指揮者と奏者、歌手、合唱団全員へ向けて、満場の大拍手喝采とブラヴォーはいつまでも止みそうにありませんでした。


奏者を称えるマエストロ・マゼール。うーん、フィオナちゃんが見えない…。

このシリーズを通しての感想は、変態かと思わせておいてやけに真っ当に切り込んできたり、毎回先の読めないマゼール先生の変幻自在ぶりに、たっぷり楽しませてもらいました。一人の指揮者、一つのオケ(しかもどちらも世界の一流)で連続してマーラーの全交響曲を聴くという機会はもう二度とないかもしれないので、一生の宝として胸に刻んでおきます。ところでこのシリーズは全てレコーディングするとの話でしたが、一発勝負ではキズの多い演奏もあったし、本当に出るのかなあ…。

フィルハーモニア管/マゼール:入魂のマーラー9番2011/10/01 23:59

2011.10.01 Royal Festival Hall (London)
Lorin Maazel / The Philharmonia Orchestra
1. Mahler: Symphony No. 9

ロンドン的には真夏が戻ってきたのかと思うほどの陽気の中、「マゼールのマーラー・チクルスを厳選して聴きに行く」シリーズ第9弾はそのものズバリ、第9番。一昨日同様、昨シーズンとはヴィオラとチェロを入れ替えた弦楽器の配置に変わっています。今日も譜面台は出ていました。

重そうな足取りでマエストロ・マゼール登場。チェロがいつにも増してデリケートなAの音で入って、弱音器のホルンが続くと、のっけから、これはちょっと今までとは違うぞという気合いと緊張感が漂ってきました。テンポが今にも止まりそうに遅いです。なかなか加速せず、じっくりじっくり〜と攻めます。ティンパニの暴走男、我らがアンディさんも今日は道を外れて暴れることができず、歯がゆさが伝わってきました。かといって禁欲的な演奏という風ではなく、鳴らすところは金管が最大限に咆哮し、ダイナミックレンジの広さは純粋器楽にもかかわらずこのシリーズ中でピカ一でした。時間は第1楽章だけで40分近くかかっていたでしょうか。奇をてらったところの一切ない、真摯にスコアと向き合った切実な演奏に心打たれましたが、聴いてるほうの疲労も相当でした(やってるほうはもっとでしょうが)。

第2楽章は、その前が遅かった分若干速めに聴こえましたが、多分これは至って普通のテンポです。わざとらしいアゴーギグも入れないし、マゼール先生はここでも変態の本性を隠し正攻法で行ってます。今年聴いたドゥダメルやゲルギエフの指揮のほうがよっぽどいびつな演奏でした。第3楽章はそもそも音楽が元々変態的なので、これ見よがしにアチェレランドでオケを追い込んだりしないマゼールのアプローチは、意外にもまともな音楽に聴こえさせる効果がありました。

ようやく到達した終楽章は、冒頭から弦のアンサンブルがあまりに美しい。もちろん鮮麗な美しさではなく、言うなればモノクロームな書道の美。それに色を添えるホルンはケイティ嬢が力強いソロをほぼ完璧に吹き奏でます。この人は見かけによらず凄みのある奏者ですね。ここに来てもオケの鳴りはすさまじく、集中力の賜物でしょう、金管のミス・コケも少なく、トロンボーンがまたベルアップでこれでもかと迫力の力演。最後はまたデリケートな表情に戻って、消え入りそうで消えないギリギリのところを保ったまま、音の微粒子の一つまた一つと空中に溶けていくまで十分に余韻をのばして終りました。終楽章も長くて、結局30分はかかったでしょうか、全体で100分かけての超スロー第9はしかし、非常に心を揺さぶるものでした。これが正統派のマーラーかというとちょっと違うのかもしれませんが、老境のマエストロ・マゼールがあらためてスコアと対峙し、達した境地なのでしょう。

実は今日のチケットは、買ったころに金欠だったこともあって最初はコーラス席にしていたんですが、その後、別の演奏会チケットをリターンした際のヴァウチャーを使ってストール真ん中の席にアップグレードしました。個人的にはこのシリーズで一番のヒットでしたので、アップグレードしたのは大正解でした。


開演前のフィオナ嬢(岩渕さんの左)。案の定、演奏中はコンマスが座るとすっぽりと隠れてしまい、よく見えませんでした。(涙)


ケイティ嬢が真っ先に指揮者に立たせられた場面は一瞬だったので写真撮りそこねました。充実した笑顔がステキですね。


お疲れのマエストロ、最後にようやく微笑がこぼれていました。

ところで余談ですが、マーラーの交響曲で人気投票をすると、いつどこでやっても1位は第9番になるという話を以前どこかで聞きました。確かに、例えばmixiのマーラーコミュニティの人気投票でも9がダントツ1位、後は5-2-6-3と続きます。演奏会のプログラムに上がるのは1番が圧倒的に多いように感じるんですが、けっこう人気ないんですねえ。しかし、素朴な疑問ですが、第9がダントツ一番人気というのは日本だけの現象なんでしょうか?例えばイギリス、ドイツ、アメリカで各々同様の投票をやったらどんな順位になるんですかねえ。ネットで調べてもそういうものの結果は見つけられませんでした。どなたかご存知の方、教えてくださいまし。

フィルハーモニア管/マゼール:マーラー「アダージョ」と「大地の歌」2011/09/29 23:59


2011.09.29 Royal Festival Hall (London)
Lorin Maazel / The Philharmonia Orchestra
Alice Coote (Ms-2), Stefan Vinke (T-2)
1. Mahler: Adagio from Symphony No. 10
2. Mahler: Das Lied von der Erde

久々の「マゼールのマーラー・チクルスを厳選して聴きに行く」シリーズは通算で第8弾になります。新シーズンになって、弦楽器の配置をヴィオラとチェロを入れ替えたものに変えてきました。お目当て(?)のフィオナ嬢、ケイティ嬢も揃ってステージに上がっていて、一安心。今日は2ndヴァイオリンと反対側の端のほうに座ったのでフィオナちゃんは遠くなったのですが、彼女の序列が3番目に下がったおかげでむしろ私の席からもよく見えるようになり、ラッキーでした。


ウォーミングアップに余念ないフィオナちゃん。顔はちょっとお疲れのような…。終始笑顔がありませんでした。

マゼール御大も相変わらずお元気そうで何よりです。今日は最初から譜面台が置いてありました。まず未完の第10番「アダージョ」ですが、おごそかな冒頭のヴィオラの後、ヴァイオリンに加わってくると何となく思い切りの悪そうなフレージングが散発してあれれと思いました。アンサンブルも微妙に怪しかったけど、音は徐々に求心力を帯びてきてスコアを進むにつれて起伏が大きく雄弁な合奏になっていきました。マゼール先生、的確にしてスタイリッシュな指揮ぶりは変わりなく、全然枯れてないのはさすが。奇をてらうことのない正攻法の「アダージョ」でしたが、これが終わりじゃないよとばかりに最後はぷつっとあっさり切ってまとめました。

メインの「大地の歌」は交響曲とは言っても中身はほとんど連作歌曲ですし、ティンパニ・打楽器の活躍もあまりないので(スミス氏もいつになくヒマそうで)、あまり得意な曲じゃありません。今日はまず、テナーのシュテファン・フィンケがダメでした。風邪でもひいて喉の調子が悪かったのかもしれませんが、真っ赤な顔で声を張り上げるだけのあまりにも単調な歌、しかも声が出ていません。第1楽章はちょっと耳を閉じたくなるレベルでした。第3、第5楽章は軽めの曲調もあってまだ聴いていられましたが、やっぱり声はでてないし、苦しい歌唱でした。一方のメゾソプラノのアリス・クートはぶれることなくしっかりとした歌唱で、声も出ていて良かったです。この曲に苦手意識があるためか、心を揺さぶられるというほどの歌には感じられませんでしたが、テナーが悪かった分引き立っていました。オケは冒頭から引き締まった演奏で、マゼールのコントロールは今日も冴えていました。ただテンポはだいぶゆっくりめで、全部で70分以上かかっていたでしょうか。10番ではなかった「老い」を少し感じてしまいました。もちろん、最初からそれを狙ったのかもしれません。終楽章の中間部は私には退屈で、いつもうとうと寝てしまうのですが、今日も途中で意識が飛んでいました。すいません。


深々と頭を下げるテナーのフィンケ。立ち上がると、フィオナちゃんは譜面台に隠れてしまいます…。

さて、マゼールのマーラーチクルスもあと8番、9番を残すのみ。どちらも週末なので急な仕事で涙をのむ可能性は低く、やっとゴールが見えてきました。

フィルハーモニア管/ヴァスケス/デミジェンコ(p):美人過ぎるホルン奏者2011/06/30 23:59


2011.06.30 Royal Festival Hall (London)
Christian Vásquez / The Philharmonia Orchestra
Nikolai Demidenko (P-2)
1. Berlioz: Overture, Le carnaval romain
2. Rachmaninov: Piano Concerto No. 3
3. Tchaikovsky: Symphony No. 6 (Pathétique)

今シーズン最後のオーケストラ演奏会です。先日のアルゲリッチキャンセルでリターンしたロイヤルフィルのチケットと交換しました。元々行く予定ではなかったのでノーチェックだったのですが、この演奏会、元々はプレトニョフが指揮する予定が、タイで少年への性的暴行容疑で逮捕されるという事件があり(その後告訴取り下げ)、その影響でか、昨年末の段階で指揮者がベネズエラの新星、クリスチャン・ヴァスケスに変更となっていたようです。さらに、ピアノ独奏はデニス・マツーエフだったのですが、当日行ってみるとニコライ・デミジェンコに変更になっていました。何か変更はないかと当日までWebでチェックしていたので、これは本当にドタキャンだったのでしょう。結局、なんだか最初からわやくちゃな状況になってしまいました。

シーズン最後ですが、残念ながら今日もフィオナちゃんは降り番。しかし、ふとホルンの女性が目に入り、釘付けに!



透き通るような素肌がめちゃめちゃ奇麗、これは掛け値なしに美人だ。かんとくさんがブログでおっしゃってたのは、この人ですね。メンバー表を見るとKaty Wooleyという人で、何とプリンシパルじゃないですか。後で調べてみたら、今年からフィルハーモニア管に加入したニューカマーの第3ホルンとのこと。凄く若そうに見えますが、たいしたものですね。バルトークには出ていませんでしたが、マーラーシリーズには全部出ていました。普段前のほうで聴いていると管楽器奏者の顔は全部見えないので、私としたことが、今まで気付かなんだー。

まず最初に、本日は環境的にちょっと問題が。断続的にキーキーと不快な高周波が響いてきて、何じゃいなと思ったら、どうも近席に座った老人の補聴器がハウリングを起こしているようでした。ハウリング音は音量的にはたいして大きくないのですが、演奏中の静寂を破るようにキィィィィンと甲高い音が聴こえてくるとどうしても気が散って仕方がありません。しかし、本人も隣席の奥さんも全く気付いてない様子。ハウリングを起こすまで感度を上げなければならないほどの難聴なのにわざわざ音楽会に出かけ、楽しそうに音楽に没頭しているその老人の顔を見ると、注意するのも野暮だと思い黙っていましたが、そういうわけで自分自身の集中力はイマイチと言わざるを得ない状況での鑑賞となりました。

ヴァスケスはドゥダメルと同じくベネズエラのエル・システマ出身の新星で、本当なら5月にプラハ放送響を率いて来日しているはずが、震災影響でキャンセルになってしまったようです。まずは「ローマの謝肉祭」で小手調べ。小気味の良い音楽を作る人ですが、何だか普通という印象。ラフマニノフの第3コンチェルトはさらに輪をかけて守りに入った感じで、ひたすら四角四面に棒を振り、急きょ招集されて固さが抜けないデミジェンコと相まって、窮屈で膨らみのない滑り出しにすっかり退屈してしまいました。元々この曲、冗長で苦手なんですわ。前回実演を聴きに行ったのは遥か昔、及川浩治のほとんどプロデビューのころの演奏会だったかと記憶していますが、何を隠そうデートでした。ええ、うまく行きませんでしたとも。という定番のコピペに加え、デート欠乏症のくせにときめく心を全く失っていた当時の心境をまざまざと思い出します。とまあそんな話は今日の演奏会には全く関係なく、デミジェンコもヴァスケスも固さは徐々に取れてきて、終楽章では壮大にロマンティックな音楽を引き出していました。デミジェンコさん、ロンドンでは人者らしく、急な代役を無事こなしたのもあって、会場は温かいスタンディングオベーションに包まれました。この人はロシア人にありがちなガシガシと叩き付けるピアノではなく、どちらかというとちょっと控えめで繊細な味付けに妙がある人なんでしょうね。アンコールピース(聴いたことあるんですが曲名出てきません)を聴いていても、そう思いました。

メインの「悲愴」はかつて部活のオケで演奏したこともありますが、これまた実演を聴くのは久しぶり。偶然、前回もフィルハーモニア管で、ブダペスト駐在時代、日本に本帰国する前夜に聴いた最後の演奏会でした。帰国前夜まで演奏会通いとは、と呆れられたものですが(それどころか前前夜もブダペスト祝祭管の演奏会に行ってますし)、指揮者がムーティのプラチナチケットだったので、ここまでは何とか聴きたいと、無理を押しての日程となってしまいました。ムーティらしく全体的にも抑制の利いた演奏で、その中でも自分は別と、一人で気を吐いていたティンパニ(笑)が印象的でした。もちろん、アンディさんだったんでしょう。一方、今日のアンディさんは、さらに磨きがかかり、まさに「ブレーキの壊れたダンプカー」。席が近かったこともあって、第1楽章のクライマックスなどはバリバリバリと、もうティンパニしか聴こえませんでした。他の箇所でもチューニングを変えたり、音を追加したり、やりたい放題やってくれました。これを聴くために来たようなもんなので、個人的には満足です。この曲は他の打楽器(シンバル、大太鼓、ドラ)も出番は少ないながら実に効果的な使い方がされていて、さんざ聴き込んだ曲ですが、あらためてその成熟度にシビレました。そうそう、全体的には、ヴァスケスはゆったりめのテンポ設定で、オケから自然に出てくる流れにまかせるかのような演奏でした。細かいところをいじくるよりは、おおらかでロマンチックな表現に終始していました。何にせよ、もっとアクとか個性があれば、なおよいかなと。期待の新星であることは認めますが、ドゥダメルに続けとばかりの、プロモーターの拙速なブッキングに乗っかるよりも、どこかの歌劇場か地方のオケでじっくり叩き上げたほうが、先のためには良いのではないでしょうか。

前後しますが、今日は早めに会場に着いたので、フィルハーモニア管が主催するMartin Musical Scholarship Fundの入賞者による無料コンサートを初めて聴いてみました。Sophie Rosaという23歳のヴァイオリニストによるシューマンとラヴェルのソナタでした。こちらもなかなかの美人!ラヴェルの途中で顎当てが外れたか何かで一度引っ込み、だいぶ待たせた後に再開というアクシデントがありましたが、演奏はそれをものともせず情熱的なもので、好感が持てました。

フィルハーモニア管/サロネン/テツラフ(vn):バルトークのエンディング二題2011/06/23 23:59

2011.06.23 Royal Festival Hall (London)
Esa-Pekka Salonen / The Philharmonia Orchestra
Christian Tetzlaff (Vn-2)
1. Kodály: Dances of Galánta
2. Bartók: Violin Concerto No. 2
3. Bartók: Concerto for Orchestra

サロネンのバルトークシリーズは、マゼールのマーラーシリーズと並んでフィルハーモニア管が今年敢行する目玉企画です。1月のオープニングの後、2月にもカンタータ・プロファーナ等の演奏会があったのですが、そちらはLSOとバッティングしていたため聴けず、皆勤は早々に断念していました。しばらく間を置いて、ロンドンでは今日が第三弾になります。テツラフのバルトークが聴けるということで、1年以上前からずっと楽しみにしていたコンサートでした。そう言えば、昨年はオケではLSOを聴きに行く機会が圧倒的に多かったのですが、今年はフィルハーモニアが逆転しています。もちろん俺のフィオナちゃんに会いに行くため、ではなくて、ひとえにマーラーとバルトークのシリーズのおかげです。そのフィオナちゃんですが、今日は降り番でした。残念。

今回のサロネンのシリーズで気に食わんのは、せっかくのシリーズなのに、選曲をバルトークで統一してくれてないことです。普段からプログラムを賑わすような評価の定着した曲ばかりを取り上げ、埋め草に使える佳曲もいろいろあるのに、コダーイやストラヴィンスキーの著名曲で埋めてしまうのは発想が安直です。まあ、集客力を考えてのことなのでしょうね。実際、今日もコーラス席には客を入れず、マーラーシリーズに比べると空席もちらほら目立ちました。やっぱりバルトークの人気はまだまだのようです…。

1曲目のコダーイ「ガランタ舞曲」は、ブダペスト時代「ガランタ通り」沿いに住んでいた我が家のテーマ曲であります。本来の由来は現スロヴァキア領で当時はハンガリー領だったGalanta市から来ていて、幼少期をそこで過ごしたコダーイが地方の民謡を題材に作曲した、代表作の一つです。最初哀愁を帯びたチェロの旋律から始まり、展開して行きますが、サロネンの大仰で明快な棒振りにもかかわらず、出てくる音はもう一つピリッとしません。このオケはエンジンのかかりがちょっと遅いと感じるときがありますね。メロディの歌わせ方がドライで、民謡色をあまり感じさせないクールな演奏でした。後半は曲芸的なジプシースタイルのチャールダーシュに突入しますが、これでもかというくらい高速にドライブし、オケも立派について行ってはいましたが、テンポを落としても良いのでチャールダーシュの裏ビートのノリがもっと出ていればと思いました。って、そういう解釈じゃないのか。

お待ちかねのヴァイオリン協奏曲、テツラフは期待通りさすがに上手いです。ワイルドな低音から伸びの良い高音を変幻自在に操り、全身をくねらせつつ非常に雄弁な語り口のヴァイオリンを奏でます。今日は特に汗が飛び散る熱演で、今まで見たような、めちゃめちゃハイレベルなんだけどいっぱいいっぱいにならず、余力を残して大芝居を打つ芸達者のテツラフとはちょっと違って、わずかですがミスタッチしながらも必死に音楽に食らいつく熱血漢の一面が意外な発見でした。サロネンの棒は相変わらず即物的でクール。オケにもっとシャープな反応が欲しいところでしたが、ティンパニのアクセントがいつものようによく効いていて、全体として良いサポートでした。

この曲のエンディングは2種類あって、両方ともスコアに載っているので奏者の好みで選択する余地があります。今日のは2nd Fine(初稿版)のほうでしたが、これを選ぶ人は少数派です。私の知る限り初稿版で演奏したCDはテツラフ&ギーレン、ムローヴァ&サロネン、ズッカーマン&スラットキン、ケレメン&コチシュの4種類(後者2つは初稿版終楽章をおまけで収録、というスタンス)しかありませんが、そういう意味では今日のテツラフ&サロネンという組み合わせが必然的に初稿版になることは予測済みでした。第二稿のコーダは、発注者のヴァイオリニスト、セーケイ・ゾルターンが「最後まで弾かせんかい!」とダメ出しをしたためにバルトークが書き直したものであり、それはそれでヤケクソ気味のヴァイオリンが面白かったりします。初稿版コーダではソロヴァイオリンはもう登場せず、トロンボーン、ホルン、トランペットのグリッサンド大競演という相当ハジケた音楽ですので、面白さは甲乙付けがたい。昨年聴いたバーミンガム市響の演奏会でも初稿版を採用していましたし、初稿版が見直されてきている傾向は最近あるんじゃないでしょうか。

なお、こんなのも珍しいことですが、テツラフがアンコールを弾いてくれることは開演前から会場ドア前のプログラムに書いてありました。曲はラフマニノフの幻想的小品集から第3曲「メロディ」。元々はピアノ曲ですね。


拍手に答えるクリスチャン・テツラフ。この人をかぶりつきで聴けるという、この幸せ。

メインのオケコンは昨年2月にも同じサロネン/フィルハーモニアの組み合わせで聴いていますが、高速演奏にさらに磨きがかかり、完成度が増していたと思います。第2楽章で一瞬入れたタメとか、第4楽章のトロンボーンの咆哮をとことん不格好にしてみたり(後ろのほうの男性が一人、大声で笑ったのでびっくり。いや、そこは確かに笑うとこなんですが、実際に演奏中に笑う人もそうおりませんよ)、細部のアイデアが活きていました。もちろんここでもサロネンは、ハンガリー系の指揮者がやるように民謡ベースの旋律をちょっぴり郷愁を匂わせて歌う、ということはせず、さっぱりと気持ちよく駆け抜けます。特に終楽章は記録に挑戦するかのような高速で、後でBBC Radio3のiPlayerで聴いてタイムを測ってみると、8分58秒でした。手持ちのCDを調べてみても9分を切る演奏は他にないので(チェリビダッケなんか11分以上です)、極めて速い演奏であったことは確かです。これを破綻なしでやり抜けた奏者の集中力に拍手です。昨年も同じことを思いましたが、ラストだけはティンパニを聴かせるため少しでもタメを作って欲しかったかなあ。そう言えば、オケコンのほうは通例に漏れず第二稿のコーダを採用していました。サロネンさん、ヴァイオリン協奏曲で初稿版にこだわったのなら、オケコンもそうすべきでは?(まあこれは冗談です。オケコンのコーダは作曲者自身が初演を聴いた後自発的に書き直したものですから事情が違いますし、初稿のコーダは、やっぱりショボい。)

フィルハーモニア管/マゼール:マーラー「夜の歌」2011/05/26 23:59

2011.05.26 Royal Festival Hall (London)
Lorin Maazel / The Philharmonia Orchestra
1. Mahler: Symphony No. 7

「マゼールのマーラー・チクルスを厳選して聴きに行く」シリーズ第7弾。今シーズンは結局この7番まで皆勤賞です。ぱちぱち。もう一つ、ロンドンに引越しが決まったときに密かに目論んでいた「マーラーの全交響曲をロンドンのローカルオケで聴く」シリーズのようやく完結でもあります。2009/2010のシーズン以降で聴いたマーラーの交響曲とオケは各々以下の通り。

 1番:LSO, PO (+ Berliner Phil)
 2番:POX2
 3番:PO (+ Berliner Phil)
 4番:LSO, LPO, PO (+ Berliner Phil)
 5番:LSO, POX2
 6番:LSO, LPO, PO, BBCSO
 7番:PO (+ DSO Berlin)
 8番:BBCSO
 9番:LSO (+ LA Phil)
 10番:LSOX2
 大地:LSO

今年2月のベルリンフィルで「マーラーの全交響曲をロンドンで聴く」のは達成していたのですが、3番、7番がなかなかローカルオケでは聴く機会がなく、マゼール・チクルス万歳です。しかし記録を見ていると、マーラーをこれだけ聴いているその間に、タコ、プロコはおろか、ベートーヴェン、ブラームス、チャイコフスキーですら交響曲はあまり聴いてませんし、モーツァルト、メンデルスゾーンの交響曲に至ってはゼロ。我ながらひどい偏食です。

前置きがだらだらと長いのですが、自分はこの曲に対してあまり語れるものを持っていないのが正直なところ。マーラーの中では7番、8番、大地の歌の3曲はそれ以外と比べて本当に聴く機会が少なく、細部があまり頭に入っていないので、マゼールがいかに「ヘンタイ」なことをやっても察知できる自信がないんです。

さて、今日は午後から激しい雨が断続的に降り、地下鉄が止まらないか心配でした。多分雨とは関係ないですがJubilee Lineが遅れていたのでちょっと心配していましたら、コンマスのジョルト氏、今日はちゃんと間に合って出てきました。よかったよかった、と思いきや、今度は登場したマゼール先生が「おや、譜面台がないぞ」とクレーム。すぐに指揮台を下りてしまいました。ほどなく譜面台とスコアがセットされ、御大も別に気を損ねた様子もなく、いつものように颯爽と棒を振り始めました。

陰々滅々とした第1楽章が、私がこの曲をあまり好まない原因の一つかもしれません。マゼールのテンポは今日も遅めです。冒頭のテナーホルンの主題(実際にテナーホルン使ってました?私の席からはトロンボーンで代用しているように見えたのですが)と、続く木管がいかにも苦しげで、こっちもますます息が苦しくなりました。金管は破綻なくがんばっていたし、集中力ある演奏でしたが、何せ重苦しくてたまらんです。何だか疲労感だけ残ったような長い第1楽章がやっと終わり、気を取り直して第2楽章は、ここまでちょっと抑え目だったティンパニがドカンと爽快な打撃を叩き込んでくれて多少溜飲が下がりました。しかしまだまだ陰々滅々は続きます。第3楽章はマーラーのスケルツォの中でも特に陰にこもったものだと思いますが、皮を破らんばかりのティンパニの一撃と、強烈なバルトーク・ピチカートに目が覚めました。この7番の2楽章と3楽章は表面的には「マーラー節」の集大成のようで、聴き覚えのあるフラグメントが連発してちょっとうんざりしますが、構成とか楽器の使い方にそれまでと違う新しい試みをいろいろ詰め込んでいて(個別に指摘できるほど聴き込んでいないのが弱いですが)、それも聴いていて道に迷ってしまう原因かなと。

4楽章は逆に、新しい境地の音楽。マンドリンとギターは私の席とは反対側でしたがよく聴こえましたし、陰から陽に向けての間奏曲の役割をしっかり果たしていました。お待ちかねの終楽章は冒頭からティンパニが期待通りの大暴れ。よく見るとフィオナちゃんもノリノリで、休符の間にもリズムに乗って首を軽く左右に振っていた姿がますますキュートでした。マゼール先生はこのシリーズで時々あったような、せっかくの流れを阻害するヘンなマネはせず、構成が弱いといわれるこの曲でもむしろうまい具合に起伏を作り、スムースな流れを導いていました。と思うのは自分があまりこの曲が好きじゃないからで、もしかしたらやっぱりヘンタイな演奏だったのかもしれませんが…。

フィオナちゃんの隣りのヴィオラトップの女性も演奏中の姿がなかなか美しく、おおっ、と思ったのですが、やっぱりプロポーションも抜群のフィオナちゃんにはかないませんでした。いや、ヴィオラの演奏はたいへん良かったんですよ…。もはや自分でも、何しに演奏会に行っとんじゃ、と思い始めてきたので、美人奏者探しは当分封印です。


開演前に真剣なまなざしで練習するフィオナちゃん。


終演後、「うーん、どうだったかしら」という微妙な表情

フィルハーモニア管/マゼール:マーラー3番2011/05/08 23:59


2011.05.08 Royal Festival Hall (London)
Lorin Maazel / The Philharmonia Orchestra
Sarah Connolly (Ms)
Philharmonia Voices (Ladies), Tiffin Boys' Choir
1. Mahler: Symphony No. 3

「マゼールのマーラー・チクルスを厳選して聴きに行く」シリーズ第6弾。週末なので家族連れで聴きに行きました。前回の5番が良かっただけに、その前に良かった2番の次の6番がヘロヘロだったのを思い出し、ちょっぴり不安がよぎります。

本日はマゼール先生、暗譜じゃなくて楽譜を置いていました。冒頭のホルンのユニゾンから気合い十分の迫力ある音色で、おおっ、と身を乗り出しましたが、その後のテンポ設定がとにかく遅い。例によって緩急付けて怪しくゆさぶる場面もあったものの、特に第1楽章の芯となっているマーチングが全然快活じゃない。私はこの楽章がマーラーの音楽の中でも特に好きで、晴れ渡るチロルの山を朗らかに歩いて行く自分をいつも思い浮かべるのですが、これでは足取りが重過ぎて、歩くという感覚がまるでない。これを作曲したときのマーラーはまだウィーンに出る前で、もちろんアルマとも出会う前で、もっと若々しさがあったはず。オケは非常によく鳴っていて、本日もティンパニの衝撃は凄まじいものがありましたが、エネルギーは前に向いておらず後ろ向きの感じがしました。コンマスのジョルト氏のヴァイオリンソロは先のベルリンフィルのブラウンシュタインと比べるといかにも線が細く、今日のテンポでは押しつぶされていまにも止まってしまいそうなソロでした。再現部の前で突如叩かれるマーチング小太鼓は舞台裏から叩いていましたが、複数台で叩いていたように聴こえました(スコアを見ると確かにそのような指示があります)。コーダではまだまともなテンポになって、これぞ爆演という感じで盛り上がって終りました。

第2楽章はほとんど仕掛けもなく、ヴァイオリンが甘いメロディーを奏でるところなどもっと表情を付けるかと思ったら、意外と淡々と進みました。第3楽章の舞台裏ポストホルンソロは、トランペットで代用ではなく本当にポストホルンを吹いていたようでした。音色では判別できませんでしたが、ソロが終ったあと、明らかに形の違う楽器を抱えて舞台に戻って来ていましたので。1カ所くらいはミスっていましたがほぼ完璧なソロで、吹きにくいポストホルンでこのレベルは会心の出来と言っていいでしょう。

第4楽章、のどの感染症で降板したストーティンの代役で、先日「角笛」で素晴らしい歌唱を聴かせてくれたコノリーが登場。この人、衣装の趣味が悪いと評判だそうですが、今日はシックな黒のドレスでした。急な代役で歌うくらいだからてっきり十八番なのかと思ったら、この曲の独唱者としては珍しく、楽譜を見ながら歌っていました。先日のベルリンフィルで歌ったシュトゥッツマンはいかにもアルトの低周波に厚い声でしたが、コノリーはやっぱりメゾソプラノ、ずいぶんと軽い声質です。決して悪くはなかったしたいへん美しい声なのですが、歌い慣れてない緊張が随所に出ていたように思います。視線が楽譜からなかなか離れないし、次の第5楽章では歌い出しをミスった箇所もありました。話を4楽章に戻すと、あとは先日のラトルと同じくオーボエが強烈なポルタメントをかけていたのが特徴的でした。

間髪入れず第5楽章に突入。少年合唱団は見かけちょっとトウが立っている(失礼!)ようでしたが、声はずっと幼く繊細で、女声とオケに負けていました。まあ、歌詞がほとんどビム〜バム〜だけで声量を出しようもないのでしょうがないですが、ここの少年合唱は実演ではいつも物足りなく感じてしまうところです。

終楽章は再びスローなテンポで、抑制ききまくりの黙示録的演奏でした。2番では音楽の力自体に任せてナチュラルな起伏を作って行ったマゼールさんが、3番ではあえて音楽自体の推進力を利用せず、膨大な静電エネルギーを鉄球に貯めていくかのような演奏になったのはどういう解釈があってのことなのか、なかなか理解は難しいです。本日、オケの迫力には圧倒されましたが、私が聴きたかった3番ではありませんでした。小学生の娘には、全体的に明るい曲だから楽しめる箇所はあるだろうと最初は思ったのですが、この長丁場はちときつかったようです。大人しく座って聴くのはもう慣れているので、真後ろに座っていた常連のおじいさん(RFHでよく顔を見ます)から「very good behaviour」と褒められてはいましたが。

しかし、コーダのティンパニはまさにやりたい放題。指揮者がそれを許しているとはいえ、スミスさん、回を追うごとに爆演がエスカレートしてますぞ。是非、もっとやってください。


本日のフィオナちゃんです。今日もちょっと見にくい席だったのが残念ですが、相変わらずかわいいので許します。


あっ、こら、おっさんおっさん、俺のフィオナちゃんの前に立つんじゃない!