五嶋みどり/オズガー・アイディン:ベートーヴェン、ヴェーベルン、クラム2012/11/25 23:59

2012.11.25 Wigmore Hall (London)
Midori (violin) / Özgür Aydin (piano)
1. Beethoven: Violin Sonata No. 2 in A Op. 12-2
2. Webern: Four Pieces Op. 7
3. Beethoven: Violin Sonata No. 6 in A Op. 30-1
4. George Crumb: Four Nocturnes (Night Music II)
5. Beethoven: Violin Sonata No. 9 in A Op. 47 ‘Kreutzer’

この日はビシュコフ/LSOでマーラー1番があったのですが、後からこの五嶋みどりの演奏会に気付き、迷った挙句LSOはリターンしてしまいました。

2年ぶりの五嶋みどりさんですが、ベートーヴェンのヴァイオリンソナタという、普段の私からは最も縁遠い世界の曲目なので、スマートなレビューなど元々できるはずもなく、それは最初にお断りしておくとして、やっぱりこの人の上手さは群を抜いてます。最初のソナタ第2番は最初から最後まで音が澄み切っており、豊かな表現力に細かい語り口は寸分の穴もなくスムースで、トップクラスのアスリートが全身を駆使して記録を出すような、全てにおいて美しい演奏でした。過去に聴いたのはコンチェルトばかりでしたが、目を閉じて修行僧のような寡黙さで演奏に没入する姿が印象に残っていたので、ここまで内田光子ばりに表情豊かな人だったとは、全く意外でした。

続くヴェーベルンは初期の小品(と言っても彼の作曲はほとんどが小品ですが)で、音列技法に取り組む前の無調音楽です。一見、沈黙をわずかな音で紡いでいくようなローカロリーな曲ですが、音符の背後にあるとてつもない緊張感が心を揺り動かします。特に2曲目は突如怨念を爆発させたような激しい演奏で、ヴェーベルンとは思えないくらい、人の血の通った音楽でした。

休憩後、マイクを持ったおじさんが出てきたので何事かと思えば、予定されていたクルターグ「3つの断章(Tre pezzi)」の代わりに誰それの「ノクターン」を演奏します、とのこと。ピアニストが持って出てきた楽譜の表紙をオペラグラスで見て、作曲者はジョージ・クラムと確認。どのみち初めて聴く曲ですが、クルターグはハンガリー人作曲家としてもちろん名前はよく知っていますが、クラムは名前すら初めて聞きました。後でみどりさんの公式ページを見ると、この秋のアイディンとのツアーではどの日も同じ演目で、クルターグではなくクラムがすでにエントリーされていましたので、ならば逆にウィグモアホールが何故ギリギリまで曲目変更のアナウンスをせず、無料プログラムも誤った情報のまま刷ってしまったのか不思議です。それはともかく、ヴェーベルンよりもさらに繊細な弱音のヴァイオリンの後ろで、ピアノの弦を直接指で弾いたり引っかいたりする内部奏法を多用した、いわゆるゲンダイオンガクでありました。後で調べたところ、けっこういろんな人がレパートリーにしている著名曲のようでしたが、1回聴いただけで飲み込める曲ではありませんわ。ピアノに目を取られているうちに、ヴァイオリンが何をやっていたかあまり印象に残らなかったのが残念なのと、曲が静かな分、客の無遠慮な咳やコートをガサゴソする音が気になってしょうがなかったです。

最後の「クロイツェル・ソナタ」はもちろん超有名曲のはずですが、聴いた記憶がありませんでした。前半のソナタとはアプローチが変わって、美しく整えるよりももっと情念を前面に押し出した、雄雄しいとも言える激しい演奏で、みどりさんの幅広い芸風に脱帽です。アンコールは「亜麻色の髪の乙女」とクライスラー(曲名聞き取れず)の2曲もサービスしてくれました。プログラムがもうちょっと自分好み寄りの選曲ならなお良かったですが、ともあれLSOをキャンセルして聴きにきた甲斐は十分ありました。


ホールの写真がないので、代わりにボンドストリートのイルミネーションを。