2011 BBC PROMS 62:イスラエルフィル/メータ/シャハム(vn):テロリズムの憂鬱2011/09/01 23:59


2011.09.01 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms 2011 PROM 62
Zubin Mehta / Israel Philharmonic Orchestra
Gil Shaham (Vn-2)
1. Webern: Passacaglia, Op. 1
2. Bruch: Violin Concerto No. 1 in G minor
3. Albéniz: Iberia - Fête-Dieu à Séville; El Puerto; Triana
4. Rimsky Korsakov: Capriccio espagnol

1985年の来日公演を大阪で聴いて以来、超久しぶりのイスラエルフィルです。このときは、敬愛して止まないバーンスタインの生演奏を聴けた最初で最後の機会でもありました。

ホールに着くと、外では何かデモをやっている様子。イスラエルの国旗がはためいている傍らではパレスチナ問題のチラシを配っている人々がいて、いつもとちょっと雰囲気が違います。入場の際には手荷物の検査があり、物々しい空気です。


本日は上のサークル席。ステージが遠いし気温が暑いです。ホール内は別段普段と変わった様子はなく、時間通りにオケが登場し、オーボエがこの日の演目である「スペイン奇想曲」のフレーズを吹いてAで伸ばすというお茶目なチューニングをやって笑かしてくれました。そして仏頂面のメータが登場。私がちょうどクラシックを深く聴き始めたころ、メータはNYフィルの音楽監督に就任し、毎月のように新譜をリリースして絶好調の時期でした。レコードやFMを通して非常によく聴いた指揮者ではありましたが、生で見るのは今日が初めて。今ごろになって巡り会えるとは、何とも感慨深いものがあります。

1曲目の「パッサカリア」は、大編成とはいえ後の作風を先取りするかのようにどこかミニマルで繊細な味のある曲なので、この巨大なホールにはやっぱりそぐわないのかな、などと考えながら聴いておりましたら、突然あるはずのない合唱の声が被さってきたので驚いたというか、何が起こったのかすぐには頭が理解できませんでした。声の方向を見てみると、コーラス席にいた10数人が立ち上がって「FREE PALESTINA」と一文字ずつ書かれた布を掲げつつ、演奏中にもかかわらずベートーヴェンの「歓喜の歌」を高らかに歌っているではありませんか。聴衆の中には「シーッ!」と注意を促す人もいましたが、多くは息を呑んで成り行きを見守り、オケも中断することなくそのままクールに演奏を続けて、駆けつけた警備員にデモ隊はほどなく引っ張り出されました。妨害にもめげずに演奏を敢行した指揮者とオケには満場の拍手喝采でした。

気を取り直して2曲目のブルッフ。笑顔のシャハムとメータが登場し、さあ演奏開始となったときに、今度は右方のサークル席で突如立ち上がって「フリー!フリー!パレスチナ!」と叫び出す数人が。聴衆からブーイングと怒号が飛び交う中、デモ野郎は周囲の客と小競り合いしながらも、警備員によって速やかに排除されました。メータとオケは「こんなことは慣れっこだぜ」とでも言わんばかりに平静を保ち、デモ野郎がまだ抵抗して騒いでいる中、ティンパニに指示を出してさっさと演奏を始めていました。

シャハムは昨年聴いたときは調子が悪そうだったのですが、今日はこのような逆境にもかかわらず絶好調に見えました。終始笑顔を絶やさず、演奏に喜びが溢れています。ブルッフの1番は今まで五嶋みどり諏訪内晶子という日系女流奏者で立て続けに聴きましたが、そのどちらとも違ってシャハムはさっぱり明るく、粘着した情念など何もない非常にスポーティな演奏でした。上機嫌のシャハムは1回のコールで早速アンコールのバッハ(無伴奏パルティータ第3番のプレリューディオ)を余裕で演奏。心無い者の妨害行為はありましたが、このサービスで心洗われる気分でした。


私の腕前では、この距離でピンボケしないのは無理難題です。

そうそう、ブルッフだけはティンパニが一見して日本人の奏者に交代しており、後で調べたら神戸光徳(かんべみつのり)さんという昨年入団したばかりの若者だそうです。逆ハの字でロールを叩くのが個性的ですが、シャープな打ち込みが頼もしい、雄弁なティンパニでした。オケ全体では、ちょっと響きとリズムが重たいという印象はありましたが、定評のある弦はさすがに美しいものでした。

さて休憩後はスペイン特集。アルベニスの「イベリア」は初めて聴く曲です。指揮者が棒を振りかぶったその瞬間、またしても、今度は左方ボックス席から大声で「フリー!フリー!パレスチナ!」。満場のブーイングと「出て行け」コールが湧き上がり、犯人は即座に警備員に排除されましたが、この人などは見たところ会場のどこでも普通にいそうな白人の老紳士で全然デモ隊っぽくなく、これではどこに仲間が紛れているのかさっぱりわかりません。今度はメータも騒ぎが収まるまで手を下ろしてじっと待ち、さて気を取り直して手を再び上げたとたんに、サークル席後方で立ち上がって叫びだす別の集団。警備員が駆けつけて排除したら、またサークルの別の席から男女が立ち上がってシュプレヒコール。明らかに組織的で計画的な行動でした。もういい加減にしてくれという飽きれの感情が交じったブーイングが続き、いかにも狂信者っぽい顔立ちの男女が外に連れ出されて、やっとこさ演奏が始まりました。しかしもはや音楽に無心で耳を傾けるという気分ではなく、興を殺がれたとはまさにこのことです。

最後は「スペイン奇想曲」。まだしつこく迷惑野郎は潜んでいたみたいで、数人が立ち上がりかけましたが、拍手が鳴り止まないうちにさっさと演奏を始めたためにタイミングを失い、そのまま静かに退場させられていました。妨害も何とせず、オケはいたって冷静に演奏を進めていました。やっぱり重い音にはなっていましたが、野太い木管、渋い弦と、軽やかなカスタネットの対比が面白かったです。金管はちょっと陰が薄かったです。困難の中、何とか演奏をやり遂げた奏者に対するひときわ盛大な拍手に答えて、アンコールはプロコフィエフの「ロミオとジュリエット」から定番の「ティボルトの死」。早めのテンポで無骨に突き進むのが何とも格好いい演奏でした。

メータは全てを暗譜で指揮し、軽めの選曲ながら重厚で彫りの深い演奏に終始していましたが、ずっと仏頂面で(いつもそうなのかもしれませんが)ちょっとテンションは低く見えました。このようにしつこい妨害行為を食らったのではそれもいたしかたないのかも。

それにしても卑劣な妨害を執拗に行った迷惑連中は、全くけしからんやつらですな。ホロコーストやその他無数の迫害を受けてきたユダヤ人の受難の歴史があるとは言え、現在の中東情勢の中でパレスチナ問題に対するイスラエルの罪も大きいことは否定しません。しかし、自らの政治的主張のためには何をやってもよいのだ、と考えるのはただのテロリズムです。音楽を生業とするイスラエルフィルを攻撃するのは全くのナンセンス。ただ、普段慣れ親しんできたコンサート会場にこのようなテロリストが数十人もまんまと潜入し、組織的なテロ行為が起こってしまったという事実には、空恐ろしくて憂鬱になってしまいます。先日の暴動騒ぎを見るに、イギリス人はいとも簡単に暴徒化するし、今後政治的にきな臭そうな演奏会があったら、近づかないほうが無難なのかも。そういう意味では、デモ隊と一般聴衆の小競り合いが大喧嘩、フーリガニズムに発展しなかったのは、サッカーとは客層が違うとはいえ奇跡だったのかもしれません。