BBC響/ビエロフラーヴェク:模範的なマーラー2011/02/02 23:59

2011.02.02 Barbican Hall (London)
Jiří Bělohlávek / BBC Symphony Orchestra
Lars Vogt (P-1)
1. Mozart: Piano Concerto No. 16 in D major, K451
2. Mahler: Symphony No. 6 in A minor

ロンドンのローカルオケで聴くマーラー6番シリーズ、と自分で勝手に命名しておりますが、第3弾はBBC交響楽団。今日はラジオのライブ中継があるのできっかり7時に開演でした。女性司会者の前口上に続き、独奏のラルス・フォークトとビエロフラーヴェクが登場。1曲目はモーツァルトのピアノ協奏曲第16番、快活でシンフォニックな曲です。モーツァルトのピアノ協奏曲は時々聴く機会がありますが、私は全く思い入れがないので、集中力を持って批判的に聴くのではなく、いつもその音楽の中に無心でゆったりと身を置くことにしています。要は、心に引っかからないので聴き流してしまっているんです。今日もそんな感じでして、我ながらまことに失礼な態度だと思います。フォークトのピアノは硬質でちょっとクセがありそうですが、まあコロコロとモーツァルトらしい軽やかな演奏でした。

休憩後、7時50分くらいにマーラーの演奏が開始されました。ちょっと遅めのテンポで始まった行進曲風の第1楽章は、なかなか抑制が利いた冷徹な進行で、不必要に鋭い音や大きい音は各楽器で注意深く排除されています。意表を突かれましたが、実はこの冒頭はAllegro energico, ma non troppo(力強く快活に、しかしやり過ぎないように)でさらにドイツ語でHeftig, aber markig(激しく、しかしきびきびと)という分裂気味だけれども含蓄深い指示なので、この演奏のようなやり方がまさにマーラーが意図した模範的解答なのかもしれません。パートバランスが非常に丁寧に整えられており、第2主題のアルマのテーマも決して感情に流されず節度ある甘さで奏でられます。木管がまたスフォルツァンドやベルアップの指示を逐一、涙ぐましいほど忠実に守っていたのには感心することしきりでした。展開部の「遠くから響くカウベル」は、本当に遠くから(多分バルコニー席で叩いていたと思いますが私の席からは確認できず)聴こえてきました。行進曲が戻ってくる再現部になると、テンポはあくまで節度を保ちつつ徐々に音量を開放して行き、最後は圧倒的な音圧でピークを迎えてガツンと終了。思わず拍手をしてしまいそうな説得力ある盛り上げ方でした。

本日の中間楽章は最近の主流に倣いアンダンテ→スケルツォの順です。アンダンテは、これがまた情に流されない枯れた味わいの弦が実に心地良い。元々このアンダンテは好きな音楽なのですが、今日の演奏は大げさに甘く歌うことなく、むしろそうしないが故に逃げ道なく追い込まれた私の心を容赦なく打ってきました。これはまさに虚飾を排した音楽自体の力です。ヤラレタという感じです。この楽章の中間部のカウベルは他と違って「オーケストラの中で」というスコアの指示がありますが、打楽器奏者はステージ上に並べられたカウベルを、多分客席後方のカウベルと音量を合わせるためでしょうか、多少遠慮がちにコロンコロンと叩いていました。ここでもスコアへの忠誠は変わりません。ただし、大小6〜7個のカウベルを吊るしていて、実際に鳴らしたのは3個だけでしたので、リハで最終判断をしたのかもしれません。

次のスケルツォ、今度は早めのテンポでさっそうと始まりましたが、これもスコアのWuchtig, 3/8 ausschlagen ohne zu schleppen(力強く、引きずらない3/8拍子で)という指示を思い出せば、全くストレートな演奏です。ちまたのマーラー演奏で不自然に歪曲されたものがいかに多いか、思い知らされました。この楽章はこまめにテンポが動きますが、普段からきっちり信頼関係を築いているんでしょう、あれだけゆらしても節度を忘れず、指揮者とオケの呼吸が抜群に合っていました。

問題の終楽章、形式上は古典的ソナタ形式の構成ですが、内容は破天荒なので極めて難物、ヘタに触れれば火傷をします(笑)。ここでもあくまで冷徹さを失わず心憎いくらいに節度を持って進行しますが、もはや音量のキャップは被せず、金管は遠慮なく爆発します。オケが実に上手いです。さすがにトランペットが多少上ずる場面は2度ほどありましたが、このレベルで鳴らしながら破綻なく息切れもせずにやり抜いたのは生半可な実力ではありません。先日のロンドンフィルもかなりがんばってはいましたが、BBC響は完全にその上を行ってます。ハンマーは2回、「ズガァァァン」というインパクト抜群の重低音で、私が今まで聴いた中で最も理想に近い音だった、と言ってもよいかも。全体を通して節度を守り、要所でしか爆発させなかったおかげで、ラストの一撃も効果極大。どこを切ってもしっかりと練られた、私的にはかゆいところにいちいち手が届いた、理想的な名演でした。

カラヤンみたいに最初はカッコよくガッガッと突き進んだはよいが途中で道を見失ってしまう演奏も多い中、物語性に囚われることなく無心でスコアと対峙し、内在する純音楽的なフォルムを見事にあぶり出して目の前に見せてくれた今日の演奏は、心洗われる気分で心底感動しました。しかし、ビエロフラーヴェクとBBC響がここまでやってくれるとは、正直そこまでとは期待していなかっただけに、こういうのがあるから演奏会通いはやめられない訳だなあと再認識しました。

実は今、BBCのiPlayerでまさにこの演奏を聴きながらこれを書いていましたが、やはり生で聴くほどの感動はよみがえって来ませんね。ハンマーの重低音はもちろんのこと、デリケートに組み立てられた生のオケが奏でる空気はどうしても録音には収まり切らないものですね。仕方がないことですが。