ロンドンフィル/ユロフスキ:ようやく聴けたシェーファーの美声2010/12/01 23:59

2010.12.01 Royal Festival Hall (London)
Vladimir Jurowski / London Philharmonic Orchestra
Christine Schaefer (S-2,3)
1. Debussy (orch. Matthews): Three Preludes
(1) Des pas sur la neige
(2) La cathedrale engloutie
(3) Feux d’artifice
2. Britten: Les Illuminations
3. Mahler: Symphony No. 4

7月以来の久しぶり、今シーズン初のRFHです。気温は0℃くらいですが風が強いので体感気温は確実にマイナスの寒さでした。テムズ川沿いのクリスマスマーケットもいつにも増して寒々としています。

私は特にLPOひいきではなく、聴きに行く回数はLSOよりずっと少ないのですが、去年のLSOではドタキャンでフラレてしまったシェーファーのマーラー4番を聴きたい(見たい)がためにチケットを取りました。シェーファーは来年2月のベルリンフィルでも同曲を歌うことになっていますが、昨年のLSOに続き、今年ヒラリー・ハーンとのプロジェクトもキャンセルしているし、キャンセル癖のある人なんかなと、ちょっといぶかっております。

ユロフスキは、弟のディミトリ、お父さんのミハイルと今年立て続けに聴き、長男ウラディーミルが最後になってしまいました。記録によると11年前バスティーユ・オペラ座で「スペードの女王」を見たときの指揮者がウラディーミルだったはずなのですが、超モダンな演出のみがインパクトとして残っていて演奏はほとんど覚えておりません。

まず、コリン・マシューズ編曲のドビュッシー前奏曲集から「雪の上の足跡」「沈める寺」「花火」の3曲。ピアノの原曲と比べてどれも明るい色彩の編曲になっており、ドビュッシー本人の他の管弦楽曲と比較してもずいぶんと趣きが変わってしまっているなあという印象を持ちました。和声をすっきりと整理し、各楽器の音色が分離して際立つようにちりばめられています。ピアノは一見モノクロームなようでいて、奏者の指先一つでずいぶん幅広いカラーを出せる楽器なのだと今更ながら気付かされました。管弦楽版にしてしまうと色彩感が固定されてしまい、奏者のできる仕事が減ってしまうのは両刃の剣ですね。3曲の中では「花火」が一番ドビュッシーらしい編曲だったと思います。

次のブリテン「イリュミナシオン」は全く初めて聴く曲で、歌曲とも思っていなかったので、ホクロがチャーミングなシェーファーがいきなり登場してきたのに驚きました。あーでも、今日は歌ってくれるのね、と一安心。シェーファーは、まずその美声に感銘を受けました。細い身体ながら、ソプラノにあるまじき芯の太さと粘りのある伸びの声は比類なく、神の恵み、天性のものだと思いました。やはり生で聴けて良かったです。ただ、あまり歌い慣れていない曲なのか(そりゃそうかも)、ずっと楽譜を見ながら歌っていたのと、この日は調子が万全ではなかったようで、息継ぎが短くギクシャクした箇所も多少ありました。

さて、メイン。マーラーのシンフォニーでマイベスト3を選ぶなら「4,6,9」という答えは長年変わっていません。20年以上前だったら「1,2,3」などと答えていた時期もありました。それはともかく、4番は自分の結婚披露宴でBGMに選んだくらいお気に入りの曲。シェーファーの中性的な美声はこの曲にどう作用するか、期待大です。

まず気付いたのは、休憩前と楽器の配置が変わっていること。弦楽器は最初ドイツ式(向かって左から1st Vn、2nd Vn、Vc、Va)だったのが、マーラーでは2nd VnとVaの位置が入れ替わっていました。古典的両翼配置とも少し違う変則配置で、指揮者のこだわりがあったと思います。コンバスは後ろの最上段横一列で、そのためか私のかぶりつき席にはあまり低弦の音が響いて来ませんでしたが、この曲に限ってはあまり重厚にならないほうがよいこともあります。

印象は一言で言うとかなり個性的なマーラーでした。細部までいじくり倒して造形しているわりにはフレーズごとの後処理がルーズというか、ブツブツと切れてどうも呼吸が違うという感じです。冒頭含め何度も登場する鈴の音は、もうちょっと細やかな神経が欲しいところでした。しかし全体を通してオケに破綻はなく、ホルンなどこの日は相当上手かったです。LPOは名手揃いではないですが、ユロフスキ監督の下、しっかりトレーニングされているのはよくわかりました。大編成のオケをそのまま鳴らし切るのではなく、室内楽的なアプローチでポリフォニーを透かし見せる意図は成功していたと思います。

私の捉え方ではこの曲は長大な序奏付きの歌曲のようなもので、終楽章がうまくなければそれまでの積み重ねも水泡に帰することになりかねません。第3楽章終盤のトゥッティのところで静々とシェーファーが登場。やはり本調子ではなさそうで、終楽章は歌の出だしから音が上がり切らずちょっと苦しい展開です。しっかり歌うところは本当にほれぼれする歌唱ですが、ユロフスキの揺さぶりに押されてか、息が長く続かず、何カ所か変なところで息継ぎが入ってました。また、弱音では声がかすれ、音程も微妙に怪しくなっていましたが、全体としては問題になるようなレベルではなく、十分に立派な歌唱でした。美人だし、このような素晴らしいソプラノと巡り会えたのは至福でした。ただ、本人は終演後、不本意そうな複雑な顔をしていましたが。2月のベルリンフィルは、是非万全の体調で帰ってきて欲しいと思います。

ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管/シャイー:イタリアの千両役者2010/12/02 23:59


2010.12.02 Barbican Hall (London)
Riccardo Chailly / Gewandhausorchester Leipzig
Arcadi Volodos (P-1)
1. Tchaikovsky: Piano Concerto No. 1 (original version)
2. Tchaikovsky: Francesca da Rimini
3. Respighi: Pines of Rome

今日は娘がディズニーの「Fantasia 2000」の中でも特にお気に入りの「ローマの松」があるので、家族で聴きに出かけました。昨日に続く寒波で、雪と寒さのため交通も一部マヒしており、そのせいか空席が目立ちました。

ゲヴァントハウス管は、一度は聴いてみたかったオケの筆頭でした。以前ライプツィヒに行ったとき、ホールの外観だけは見たのですが。また、自分でも何故だかわかりませんが、シャイーの演奏は今までCDでもほとんど聴いたことがなかったかも。ということで今日は初ものづくしでエキサイティングです。

まずはチャイコフスキーの有名すぎるピアノ協奏曲から。家族は好きですが、私はそんなに好きな曲じゃありません。今日は珍しい原典版での演奏とのことでしたが、この曲に精通してるわけではなくスコアも持っていない私には、通常の版との違いはよくわかりませんでした。プログラムに書いてあったのは、冒頭のピアノの和音強打がアルペジオになっているのが一番特徴的だそうです。しかしヴォロドスはそこを際立たせるような弾き方はせず、イントロはサラリと流していましたので、原典版と言われなければ「柔らかい弾き方をしてましたね」という感想で終わっていたでしょう。その後も時々違和感を感じる箇所は確かにありましたが、通常版と大きく変わったと思えるところはなく、このツアーで原典版をあえて演奏する意図は全く謎のままでした。ソリストも指揮者も、実際原典版だからどうとかいう意識はなかったように思います。

ロシア出身のヴォロドスは超絶技巧派として売り出し中の若手ピアニストだそうです。実際、ちょっと軽めのコロラトゥーラのようなピアノで、コロコロと指がたいへんよく回ります。難曲度の高い曲なので、私はこの曲をミスタッチなしで弾く人には巡り会ったことがありませんが、少なくとも今日までは、と付け加えることになりそうです。ヴォロドスは私が聴く限りほとんどミスなく、シャイーのリードする繊細なオケ伴奏とほどよい一体感を呈しながら、危なげなくずいずいと突き進むピアノでした。看板に偽りなしです。こういう人は自分の技術をとことん見せつけるアンコールピースを必ず持っているはず、と期待しましたが、残念ながらアンコールはやってくれませんでした。

次の「フランチェスカ・ダ・リミニ」は、CD、iTunesでもたいがいスキップしてしまう、正直苦手な曲です。シャイーはここでも繊細なコントロールを見せてくれました。弦はつや消しをかけたようなハスキーな音色。渋いですがドイツ的な重厚さはあまり感じませんでした。木管は全体的に柔らかくまとまったアンサンブルで、特にクラリネットが非常に良い音色です。ティンパニはトレモロはいただけませんが単打は腰が入ったなかなかいい音を出しています。弦と木管の柔らかさに比べてちょっと金管が固いような。音に濁りがあり、音量が十分ではありません。このオケはどうも金管が弱点のようです。次の曲を乗り切れるのか、ふと不安がよぎります。

メインの「ローマの松」は、やはり懸念した通り金管の弱さが如実に出てしまいました。ティンパニは孤軍奮闘していましたが。いろいろ解釈の余地はあれど、やはりこの曲は大音響でビビらせてナンボという面はありますから、バランスの弱さは盛り上がりの弱さに直結します。ただし今日はいつになく3階席で聴いたので、バランスはステージが遠かったせいもあるかもしれません。それにしても、若い奏者で緊張していたのか、「カタコンブ」のトランペットソロはトチリが多く、いかにも自信なさげで痛々しかったです。「ジャニコロの松」は逆に金管が目立たない分、渋い弦の上に透き通る音色のクラリネットが乗っかった夜の情景は極上の響きで、この日最も良かった瞬間でした。終盤のナイチンゲールの鳴き声テープは打楽器奏者が掛け持ちで卓上ミキサーをいじって音量をコントロールしていました。

終曲「アッピア街道の松」では最後にバンダの金管が登場し、指揮者によっては客席側方や後方で吹かせたりして音響の立体感を演出しますが、今日は最初から舞台の上にいて、出番が来ると最後部の一段高い平台に上がりました。うーん、音が割れてる…。もうちょっとプロらしくしっかり吹いてほしいです。ティンパニを筆頭に打楽器陣の奮闘により曲は何とか盛り上がって終わりましたが、この曲はこのオケの性向とは合っていないのでは、と思いました。まあそれを言えば、チャイコフスキーとレスピーギというプログラムはドイツのオケとしては全く変化球ですから、次回があれば是非ドイツものか東欧ものを聴きたいです。

シャイーはどちらかというと繊細な分析が信条の人と見受けましたが、そこはイタリア人、大風呂敷を広げたり、大見得を切ったりする役者根性も兼ね備えている様子。今まで敬遠していたのはいったい何だったのでしょうか。力量が信頼できる好みの指揮者として今後ひいきにさせてもらいたいと思います。

おまけ。昔のフォトアルバムから、プログラムにちなんでライプツィヒ・ゲヴァントハウスの外観と、ローマ・アッピア街道の松を引っ張り出してきました。


フィルハーモニア管/ネルソンス/ハーデンベルガー:英雄の生涯2010/12/07 23:59

2010.12.07 Royal Festival Hall (London)
Andris Nelsons / The Philharmonia Orchestra
Hakan Hardenberger (Tp-2,3)
Zsolt-Tihamer Visontay(Vn-4)
1. Beethoven: Overture, Leonore No. 3
2. Haydn: Trumpet Concerto in E-flat major
3. Gruber: Three MOB pieces
4. Richard Strauss: Ein Heldenleben

4月にバーミンガムで聴いて以来、2回目のネルソンスです。今年のウィーンフィル日本公演で小澤征爾の代役(の一人)として、今までウィーンフィルの指揮台に上がったことがないにもかかわらず抜擢されたので話題になり、日本でもすっかりお馴染みですね。頬や腰回りがちょっと丸くなったような気がしました。

レオノーレ序曲は、何と言うか端から端まで至ってごく普通の演奏だったので拍子抜けしました。速めのテンポで硬質に進むのですがピリオド系的アプローチというわけでもなく、古き良き巨匠時代のおおらかな演奏スタイルは師匠のヤンソンスを踏襲していますが、独自性が見えない分、スケールは師匠より一回り小さいように感じてしまいました。まあ、オケが違うので(ヤンソンスを聴いたのはウィーンフィルとコンセルトヘボウでしたから)フェアな比較ではないかも。なお、舞台袖のトランペットは、あえてトップの人が担当していました。

ハイドンのトランペット協奏曲というと私の嗜好からは最も縁遠い類の音楽です。この曲は昨年のPROMSラストナイトでも聴いているはずですが、全く記憶に残っていませんでした。「地上最高のトランぺッター」との異名をほしいままにしているというハーデンベルガーは、一見クラシックの奏者には見えない、ちょい悪オヤジ風のお洒落な伊達男でした。今日もかぶりつき席だったためトランペットの音が生々しく直接耳に届き、オケとのバランス等さっぱりわかりません。レオノーレも多分そうですが、この曲だって、ネルソンスがやりたくてやってる曲ではないんだろうなあ、とは想像できます。トランペットは破綻がないということではたいへん上手かったですが、もうちょっと角の取れた柔和な音のほうが私は好みです。

レオノーレより短い協奏曲が終わり、アンコールを始めるのに何やら楽器をさらに2本持ってきて、オケまで共演しての演奏となりました。曲はグルーバーの「3つのMOBピース」という極小組曲で、曲ごとにC管やピッコロに持ち替えて、ラテンだったりジャズだったり、なかなか楽しい曲でした。作曲者も会場にいたので、前に呼ばれて拍手にさらされていました。本人は不本意かもしれませんが、ハイドンよりもこっちのほうが断然面白かったです。

さて「英雄の生涯」ですが、意外と実演で聴く機会に恵まれず、多分11年前の新婚旅行の際、バービカンでダニエル・ハーディングのLSOデビューを聴いて以来の2回目だったかと思います。くしくも今日はハーディング世代のライバル、弱冠32歳のネルソンスです。今日の演奏会で最初からもやもやと感じていたことが徐々にはっきりとしてきましたが、この人はリズム重視で、ハーモニーの整理はあまり上手くなく、何でもかんでもクラスターのように鳴らしてしまう傾向があると思います。元々オーケストレーションが過不足なく構築されている曲では、上手くハマるとスケール大きく躍動感溢れる名演が生まれる可能性がありますが、「英雄の生涯」みたいに濃度過剰気味なサウンドの曲だとグシャっとした分離の悪い響きになりやすいです。特に前半の「英雄の敵」くらいまでは始終何かの楽器が絶え間なくキンキンと耳に障り、「あー、うるさい!」と心の中で叫んでいました。一方、「英雄の妻」「英雄の晩年」といった緩徐部は、ヴァイオリンの熱演もあり、なかなか良い感じに仕上がっていました。前にバーミンガムで聴いた際は、曲がバルトークとショスタコということもあって、民謡ベースのリズムをうまく活かして再現できる人だなと好感を持ったのですが、今日のようなドイツもの中心だと、師匠越えにはまだ課題がありそうです。

コンサートマスターは多分初めて見る人でしたが、素晴らしく繊細で叙情的なヴァイオリンソロだったので、フィルハーモニアにこんな良いコンマスがいたとは、とちょっと驚きました。名前はハンガリー系ですが、ドイツ人みたいですね。今後もチェックしたいと思います。

BBC響/ビエロフラーヴェク/ブリューワー:マルクスとアルプス2010/12/11 23:59

2010.12.11 Barbican Hall (London)
Jiri Belohlavek / BBC Symphony Orchestra
Christine Brewer (S-2)
1. Wagner: Tannhaeuser - Overture
2. Marx: Songs
 (1) Barkarole (1910)
 (2) Selige Nacht (1912)
 (3) Der bescheidene Schaefer (1910)
 (4) Und gestern hat er mir Rosen gebracht (1909)
 (5) Sommerlied (1909)
 (6) Maienblueten (1909)
 (7) Waldseligkeit (1911)
 (8) Hat dich die Liebe beruehrt (1908)
3. R. Strauss: An Alpine Symphony

BBC響をバービカンで聴くのは初めてです。まずはタンホイザー序曲で小手調べ。いつものかぶりつき席でしたが、パートバランスがたいへん良いですね。音に濁りがなく、端正な音楽作りは好感が持てます。指揮者、オケ共に仕事キッチリ職人タイプで、このコンビももう4年ですか、信頼に基づいた一体感が溢れていますね。

次のマルクス歌曲集で登場したブリューワーは巨漢のソプラノで、見るからにワーグナー歌手です。私は歌曲は大の苦手でして、よほどヘタクソな歌でない限り良し悪しを論評できる素養もないのですが、声量もドラマチックな歌唱も、全く申し分ございませんでした。まさに今日と同じ指揮者とオケでマルクスの管弦楽伴奏歌曲全集を録音しているだけあって、歌を完全に自分のものにしている様子でした。やんやの拍手喝采が鳴り止まず、最後の曲をアンコールでもう1回歌いました。

本日のメインは「アルプス交響曲」、今年はLSOで一度指揮者キャンセルによる曲目変更を食らいましたので、待ちに待ったお目当てでした。ゆっくりめのテンポで焦らずじっくりと開始し、じわじわとテンションを上げて行って、日の出で一気に解放しドカンと鳴らします。ここでもうこんなに鳴らしてしまっては、後半どうするんだろうと思っていたら、山頂と嵐のピークではさらに音量を上げ、期待以上にガンガン鳴らしてくれて、大満足です。当然ですが、最初から全体のフォルムを考えてバランスを取っていってたんですね。トランペットがちょっと苦しそうだったのを除けば演奏技量的にも危ない箇所はなく、アンサンブルには芯の通った安定感が感じられました。会場はたいへん盛り上がってスタンディングオベーションになり、満足げな奏者の表情もグッドでした。

LSOもチケットは安いと私は思いますが、BBC響はさらにその半値くらいで、このクオリティだったら非常に値打ちがありますね。今シーズンもあといくつかは聴きにいく予定ですが、期待が増しました。

イングリッシュ・ナショナル・バレエ:くるみ割り人形2010/12/12 23:59

2010.12.12 London Coliseum (London)
English National Ballet
Gavin Sutherland / The Orchestra of English National Ballet
Wayne Eagling (Choreography), Peter Farmer (Design)
Daria Klimentova (Clara), Vadim Muntagirov (Nephew)
Junor Souza (Nutcracker), Fabian Reimair (Drosselmeyer)
1. Tchaikovsky: The Nutcracker

2004年から毎年12月には欠かさず娘に見せてやっている「くるみ割り人形」、今年はロイヤルバレエが上演しないので、イングリッシュ・ナショナル・バレエのほうを見に行きました。設立60周年記念の新プロダクションで、ENBとしては10作目の「くるみ割り人形」になるそうです。振り付け師はロイヤルバレエ往年の名ダンサー、ウェイン・イーグリング。我が家ではアレッサンドラ・フェリと共演した「ロメオとジュリエット」DVDが妻のヘヴィーローテーションであるため、もう何度見たかわからない人であります。なお、カーテンコールで出てきてくれるかと期待したのですが結局登場せず、現在の姿を拝見できなかったのが残念でした。

ENBでは前の2作の「くるみ割り」がモダンテイストな演出だったためか、今回は記念イヤーといいうこともあり、トラディショナルに立ち戻ることが非常に意識されて作られています。ストーリーに逸脱は一切なく、非常にオーソドックス、別の見方ではどこかで見たようなデジャヴ・シーンが連続します。読み替えとはいかないまでも、何か斬新なアイデアが盛り込まれているようなことはありませんでしたが、その分安心して見ていられますので、奇をてらったモダン演出に予期せず出くわすのがいやな方にはたいへんオススメです。

第2幕では主役のクララと、ドロッセルマイヤーのいとこ(ロイヤルバレエのピーター・ライト版ではこの人が呪いをかけられてくるみ割り人形になってしまっているのですが)がそのままおとぎの国の王子、王女となって、金平糖の精の踊りなどを踊ります。最後はクララがベッドで目覚めるという「夢オチ」パターンですが、弟のフレディも夢の中に一緒に登場してネズミと戦ったりしていますので、目覚めて「僕も夢で見たよ」なんてことを語り合っているのが新鮮でした。二人で外に出てドロッセルマイヤーおじさんを探しつつも、「さぶー」と凍えて中に入り、そのまま音楽は消え入るようにディミヌエンドして終わりました。こんなのあり?帰宅してスコアを確認しましたが、やはり聴き慣れたティンパニのロールでガツンと終わるのが通常だと思います。エンディングにこのような別バージョンがあるのでしたっけ?もしかしたら演出家によるスコアの改変なのでしょうか?ご存知の方、教えてください。

LSO/パッパーノ/みどり:エスニック・ヴァイオリンの饗宴2010/12/15 23:59

2010.12.15 Barbican Hall (London)
Antonio Pappano / London Symphony Orchestra
Midori (Vn-2)
1. Ligeti: Concert Romanesc
2. Bruch: Violin Concerto No. 1
3. Rimsky-Korsakov: Scheherezade

元々行く予定ではなかったのですが、10月のムターの日が仕事で行けなくなり、エクスチェンジしたのがこの日でした。五嶋みどりは2月に続いて今年2回目のLSOですが、やはり彼女が出演する日は日本人の姿を普段以上に見かけました。普段の3倍増しというところでしょうか。客入りは概ね良く、私が好むかぶりつきブロックも、珍しく最前列(B列)までびっしり人が入っていました。

さて1曲目のリゲティ。ハンガリー民謡色の濃いリズムと旋律を前面に打ち出した曲で、まるでバルトークかコダーイのようです。リゲティにこんな曲があったとは、意外でした。ホラ・スタッカートを思わせる高速ジプシースタイルのソロヴァイオリンが活躍し、やんやの喝采で、ツカミとしては上々です。本日のコンマスはロマン・シモヴィッチ。まだ29歳の童顔で、いつもたいへん楽しそうに楽器を弾く人ですが、この人はモンテネグロ出身なんですね。地域がら、ジプシーの演奏スタイルには慣れ親しんでいるはずで(本来この中欧あたりの民謡はジプシー音楽とは異なるというのがバルトーク・コダーイ以降の定説ですが、そうは言ってもジプシー楽団もちまたに溢れ、その演奏は幼少から少なからず耳に入っていたのも多分事実でしょう)、上手いのも合点がいきました。前はけっこう雑な弾き方をする人だと思ったのですが、雑なのではなくてワイルド民俗派だったんですね。

次は五嶋みどりさん。笑顔で登場して、演奏前にオケに一礼、いい人だ。2月のメンデルスゾーンでは非常に繊細でストイックな演奏だったのですが、今日は打って変わって、粘りのあるたいへん濃いいヴァイオリンに驚きました。ただねちっこいのではなく、繊細さと大胆さが変幻自在に入れ替わる彫りの深い表現で、こんなパワフルな演奏をする人とは思わなかったので、ひたすら圧倒されました。ふと気付けば、ヴァイオリンソロの箇所ではコンマス含め1stヴァイオリンの人が皆、釘付けでみどりさんに見入っていました。パッパーノの伴奏も躍動感溢れる熱演ながらも出しゃばり過ぎずにソロをきっちり下支えし、全体のフォルムをうまく整えていました。今日も大拍手のわりにはアンコールをやってくれませんでしたが、この力のこもった演奏のあとでは、何も弾く気が起こらないのかもしれません。

メインのシェヘラザードはさすがオペラ指揮者の面目躍如で、独奏楽器を歌手に見立てているかのようなドラマチックな音楽作りでした。遅いところはぐっと遅く、早いところは超高速に、メリハリを利かせた演奏を心地良く聴いているといつの間にか夢の世界に誘われておりました。ということで一部記憶がすっぽり抜けていて恐縮ですが、ここではヴァイオリンは民俗派を自重して、デリケートなソロに終始していました。なかなかやるじゃん。思った以上に懐の深い人のようです。振り返ってみると、今日はどれも民族色が濃く、一貫してヴァイオリンが重要な役どころのプログラム構成でした。やはりヴァイオリンを聴くには、できるだけ今日のようにかぶりつき席に座りたいものです。

英国クオリティ2010/12/22 23:59

土曜日の大雪のおかげで、うちの会社でも日本から、あるいは英国外の在欧州拠点からロンドンまでやって来た出張者が今だに足止めを食らっているとか、今週来るはずの重要な来客が来れなかったりなどの影響が出ております。

確かにロンドンっ子には大雪かもしれませんが、ドイツ人や、北海道を知ってる日本人にしてみれば全然たいしたことないレベル。これでフライト、列車、地下鉄が完全マヒしてしまうんだから、もう慣れたとは言え、この国のサービスクオリティはabsolutely unbelievableです。

確かに過去あまり雪が降ることはなかった土地柄かもしれない。でも、昨年も一昨年も大雪が降って同様にマヒしているわけで、4月にも原因は違いますが火山灰騒ぎで大混乱もしているわけで、そうでありながらも結局、誰もなーんにも対策をして来なかったというわけなのですね。

うちの会社の入っているビルのセントラルヒーティングが週末の間に壊れ、月曜日からずっと暖房が止まっています。月曜日に来るはずの修理業者は火曜日にも来ず、水曜日には来ると言ってやっぱり来ず、この三日間暖房なしの極寒オフィスで、みんな南極観測隊のような格好をして黙々と業務をしていました。かわいそうに、普段から寒さに弱いアラブ人のスタッフは早々に体調を崩し、病欠しています。そんな中、今朝は非常ベルの誤作動が何度もあって、その度に「誰かオフィスで焚火をしたに違いない」「外も中もどうせ寒さは変わらんし」などとブツブツ言いながら屋外まで避難させられ、修理は多分来年まで来ないと、もはや諦めモード。今週早々に休暇に入った人は本当にラッキーでした。

大英帝国が七つの海を支配していた「超先進国」だったのは遥か過去の話、今では「なんちゃって先珍国」と呼ぶのがふさわしいでしょう。

ブリュッセルのクリスマス2010/12/26 23:59

今年のクリスマスはブリュッセッルに小旅行してきました。家族は初ベルギー、私も過去2回仕事では来ていますが、ほとんど散策していないので、初見参のようなものです。

今回、10数年ぶりにユーロスターに乗りました。前回はWaterloo駅からでしたが、今はSt. Pancras駅なんですな。大雪のおかげでユーロスターのダイヤも大きく影響を受けており、出発した24日にはほぼ正常には戻っていましたが1日1〜2便はキャンセルになっていて、何と行きも帰りも予約していた列車がそのキャンセルに大当たりしてしまいました。Webをこまめにチェックしてキャンセルの情報は事前につかんでいたので、かなり早めに駅に行き(Webでは早めに来ないでくださいと書いてあったのを無視)、各々一つ前の列車に無事ブックし直して、何とかことなきを得ました。ユーロスターからは「ほぼ正常の運行に戻っているので通常通り1時間前に来てチェックインしてくれ」というメールも来ていていましたが、それを真に受けて1時間前に行ったら長蛇の列に苛立っていたはずです。だいたい、ブックし直した席も、混んでた復路はダブルどころかトリプルブッキングされていて、そんな予感がしたので早々に席に座り実行支配していたので難はのがれました。しかし、やってくれるぜユーロスター。


観光中心、グラン・プラスもこのようにびっしりと雪景色。一度緩んで固まったのか、地面はつるつるでした。それでもさすがブリュッセル、観光客がわんさかです。


夜になると市庁舎をスクリーンに華やかなライトショーが上演され、オペラアリアのミニコンサートがあったりしました。


過去に来たときは食べ損ねた、ベルギー名物のムール貝ワイン蒸し。これで800g、前菜としてならシェアしたほうがよい分量です。観光客がいっぱいの有名専門店「Chez Leon」で食しましたが、ツーリスト御用達なのであまり期待しないで行ったら、ほどよい塩加減がたいへん美味で、汁まで全部飲み干してしまいました。他の肉料理も、ビールもワインも質は良く、ここはオススメできます。


ブリュッセル名所の元祖「小便小僧」。これは昔かろうじて見ました。クリスマスなのでサンタの衣装を着せられていました。本物は意外に小さくて、地味な場所にひっそりとあるので、拍子抜けします。近所のチョコレート屋が飾っているチョコレート製レプリカのほうがよっぽど大きい。


小便小僧の対抗馬というか、パロディとして作られた「小便小娘」。かなりリアルです。こちらは小僧よりもレストラン街に近いのに、訪れる人も少なく、檻で囲われています。アップの写真もあるのですが、やめときます。


さて今回のメインの目的は、賑やかな大陸側のクリスマスマーケットに行くことでした。クリスマスマーケットと言えばドイツが有名ですが、今年はすでにドイツに旅行したので、今回はブリュッセルを選びました。それなりに出店も活気もあったのですが、やはりミュンヘンやウィーンと比べたら小規模なのは否めなく、寒くて道が凍っていたこともあって早々に引き上げました。屋台料理は、私にはやっぱりドイツ系のほうが美味しそうに思えます。


カトリーヌ教会前の広場には、得体の知れないグロ系のメリーゴーランドが出ていました。カメレオンとかタツノオトシゴとか気色悪いブリキ人間とか、子供向けではありませんなー。もちろん乗っているのは子供ばかりでしたが。私はこういうセンスはけっこう好きなので、本当は乗りたかった…。

ロイヤルオペラ:ヘンゼルとグレーテル2010/12/28 23:59

2010.12.28 Royal Opera House (London)
Rory Macdonald / Orchestra of the Royal Opera House
Moshe Leiser, Patrice Caurier (Director)
Kai Rüütel (Hansel), Ailish Tynan (Gretel)
Yvonne Howard (Gertrud), Thomas Allen (Peter)
Jane Henschel (Witch), Anna Siminska (Dew Fairy)
Madeleine Pierard (Sandman)
1. Humperdinck: Hänsel and Gretel

今年最後の観劇です。これで今年は52回、平均して週1回のペースを何とか守りました。年間回数としては過去最高です。ほぼ半分の25回を家族全員で出かけているので、相当の出費になってますが、まあ今のうちだけにできる、ささやかな贅沢ですので。

さて今シーズンの「ヘンゼルとグレーテル」、プログラム発表当初はチャールズ・マッケラス指揮というのがほぼ唯一最大の目玉でしたので、7月に亡くなられてしまったのが残念です。結局マッケラスを生演奏で聴くことはなりませんでした。

この日の公演は、マッケラス亡き後、トーマス・アレンを除いて、残った出演者の中では一番名が通っているであろうクリスティーネ・ライスが当日急にキャンセル、歌手陣のスケールダウンは否めないところです。こうなると俄然存在感が際立ってくるのはベテランのトーマス・アレン。イギリスに来る前に日本でNHK BSから録画したロイヤルオペラの同曲公演でも同じお父さん役を歌っており(ちなみにこの録画はBBC制作でダムラウのグレーテル、キルヒシュラーガーのヘンデル、指揮はコリン・ディヴィスという贅沢豪華版)、元々オハコなのでしょうが、ノリノリの演技と堂々とした歌唱はまさに当たり役、一人で美味しいところをさらって行ってました。

ヘンデル代役のカイ・リューテルはROHのヤングアーティストで、7月の「椿姫」ではフローラを歌っていましたが、すいません、記憶に残っていません。少年らしいツヤツヤの肌で、長身のためグレーテルとのバランスがよく、歌も演技も代役にしては全く上出来な完成度で、たいへんよくがんばっていました。一方のグレーテル役のタイナンは、一見してずんぐりおばさん体型で、オペラグラスでアップで見てしまうと失礼ながらけっこう老けたお顔。お母さんか魔女のほうがハマっているのではと思ってしまいましたが、ふたを開けるとそちらはもっと貫禄のある方々が役についていましたので、バランス的には、まあオッケーですか。グレーテル、お母さん、魔女ともに歌は、目が覚めるような華やかさはありませんでしたが、各々堅実で良かったです。眠りの精や霧の精(美人!)は若い分、歌が弱くてちょっと物足りない気もしました。

マッケラスの代役を勤めたマクドナルドはまだ30歳くらいの若者ですが、オケを小気味よくドライブして、好感の持てるリードでした。指揮者がよく見える席だったので観察していましたが、元々レパートリーなのか、あるいは相当研究したのか、曲の隅々まで知り尽くし、ずっと歌を歌いながら振っていました。すでにイギリス中心にROHなどで活躍しているようで、将来に期待です。

「ヘンゼルとグレーテル」は実演で見るといっそう楽しいオペラです。ROHの演出は一部大人向きの箇所もありますが、まあ、子供のオペラデビューには最適ではないでしょうか。